11.神官長のジール・フッイットーラの憂慮@


 ………いつの間にあんな姿に………? 

聖者は寝台の上で頭と足の位置が逆転して寝ていた。

「それだけならまだしも、あんな姿……。」


ぽつりと呟いたジールの白い顔がほんのり上気しており、
彼は、どきりとした自分の鼓動の速さを怒りの為だとごま
かし、自分の目の前で眠っている聖者を呆然と見下ろした。


寝台の上の聖者を見た瞬間、神官長ジールが唖然とし

てしまったのは、国王陛下でさえも、グースの羽毛、高級品
には違いないがそれでも比較的手に入るものを使用してお
られると言うのに、そのさらに上をいく、珍鳥ガウルの羽毛
で誂えられた最高級上掛けを聖者の為に用意したというの
に、彼はそれを体に掛けてはいなかったのだ。


……
最高級品珍鳥ガウルの羽毛上掛けは、無残にも寝

台の下でグシャグシャの塊と成り果てており、森羅が足で
蹴り落としたであろうことは、容易く想像がついた。


さらに、同じくガウルの羽毛を惜しげもなく詰め込んだ長方形
のクッションは、森羅の股の間でしっかりと挟まれ、歪に形を
曲げられていた。

綺麗な長方形だったものが、上掛け同様の粗末な扱いを
受け、最初のふんわり感は物の見事に消え失せ、ぺしゃん
こ状態だ。


最初は、いくら育ち盛りの少年とは言え、上等な寝具を
蹴落とすなんてと瞠目したのだが、それよりももっとジ
ールを動揺させたのは、あられもない森羅の寝姿だった。


ガウルの元長方形のクッションを股で挟むように片足を
上げているせいで、赤い蛇柄トランクスの裾が捲れ上が
り、半分以上尻が丸出しだったのだ。

すなわち、俗に言う半ケツ”……

(半分だけ丸出しのお尻ですよ。)


だが、森羅にとっては、何も珍しく無いいつも通りの姿で
あり、抱き枕を股に挟み込み両手でそれに抱きついて眠
る形が一番楽で、リラックスできる体勢なのだ。

もちろん、布団も暑けりゃ蹴飛ばすし、寒けりゃまた足で
手繰り寄せる。

ベッドの下に落ちてしまっていたら、足の指を器用に使って
挟み込み、同様に手繰り寄せ、被る。

長年この調子でやって来たので、一々目を覚まさなく

ても、無意識下の状態で一連の動作ができるし、特に

連日連夜の睡眠不足を解消しようと脳が指令を出して
いたのか、今日はこれでも静かに行儀よく眠っていた方だ。

だが、本人にとっては当たり前の寝姿も、堅物神官長

ジールの基準から見れば相当、はしたなく、些か刺激

が強すぎる光景だったようだ。


   *** ***


『聖者殿は、本当に我等と同種の人なのだろうか?』


国王陛下に、たった今問い掛けられたとしたなら、間

違いなく――

『違います。未確認の異種族であらせられます。』――

そう、即答しただろう。

この場合、珍種の謎の生物だと言っても、過言では

ないのかもしれない。

そんなことを思いながらジールは、額に手を当て項垂

れた様子でしばらく椅子に腰掛けていた。


それから、しばらくして、左手首に巻かれていた青い

紐をするすると外すと、長い銀髪を一纏めにして結わ

え、ゆっくりと立ち上がった。

次に、目を覚ますなら覚ましてしまえ!と半分やけく

そで、「まったく!せっかくの寝具が勿体無いっ!」と
ぶつぶつ言いながら、聖者が蹴り落とした上掛けを拾い
上げ、丁寧に畳んで、今度は寝台の頭の部分にそっと置
き、重い溜息を吐き出したのだった。


   *** ***


 シュウダシャール国は、現在夕暮れに差し掛かろう

としていた。

緑香の間からも本来なら、黄丹(おうに)に輝く太陽が、少しず

つ身を隠すさまが見えるのだが、今は、全ての窓に分

厚い遮光幕が下げられ、ここだけ時間に取り残された

ようだった。


いつもならまだこの時間、神殿に詰めてたくさんの雑務
をこなし、喧騒の中にいるんだが……この静けさに身を
置くというのも有り難いのだが、何とも手持ち無沙汰なこ
とだ。

ジールはそう考え、聖典や教本の整理、神官見習いた

ちへの講義など、本来なら自分がすべき仕事を任せた

者たちが、右往左往しているだろうことや、特に、副神官の
フランがいつもより多い雑務に追われ、早く逃げ出そうと
躍起になっているのだろう……そんな神殿での姿を思い
描き、苦笑を浮かべた。

後で、フランが交代に来るはずだが、いつ聖者が目を

覚まされるかもわからないので、ひと時も傍を離れる

訳には行かない。


長い一日になりそうだ……
  
 
 
 
   
 

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