16.会話への第一歩
 
 
 「 ぎゃやぁアーーーー!!!!!」
 
 
――“緑香の間”に、今にも絞め殺されんばかりの悲鳴が響き渡った。
 
悲鳴を上げたのは森羅で、ガウルの羽毛が入っていたクッションカバ
 
ーの千切れた残骸と宙を舞う黒光りする羽とを交互に見ていた。
 
森羅の悲鳴を聞きつけ、外で待機していた近衛団騎士副隊長のグロッ
 
ケン・サイレイスを先頭にその部下二名、緑香の間、部屋付きの神官
 
二人が、駆け込んで来た。
 
 
彼らが目にしたのは、辺り一面、真っ黒なガウルの羽毛が舞い踊る中、
 
呆然と佇む聖者、そして聖者を凝視している神官長のジール・フッイ
 
ットーラ、それに副神官のフラン・ソッフォームの三人の姿だった。
 
 
そんな中、先頭に立ち、いち早く聖者の無事を確認したグロッケンは、
 
神官長のジール・フッイットーラに、問いかけた。
 
「聖者さまは、ご無事なようですが、いかがなされましたか?」 
 
 
ジールは、聖者に殴られたこともそうだが、最高級の珍鳥ガウルの羽
 
毛クッションが、無残に砕け散り行く様にを目の当たりにして、ショ
 
ックと戸惑いを隠せなかった。
 
「……わからない…突然だったから……」
 
まだ、混乱していて独り言のように呟くのが精一杯だった。
 
そんなジールを庇うように、説明を待つグロッケンたちに向かって、
 
フランがその後を継いで答えた。
 
「あぁ、えーと、この部屋なんだが、実は…聖者さまが眠っていらし
 
た間、何もすることがなくて、ちょっと退屈しちまったんだ。それで、
 
クッションを投げて遊んでいたら、急にそれが破裂しちまって。そこ
 
へ丁度、目を覚まされた聖者さまが驚きの悲鳴を上げたって言うこと
 
が事の顛末なんだ。悪かったな、グロッケン。」
 
「そうでしたか。いや、俺も悲鳴を聞いた時は、ほんと驚きましたが、
 
何事も無くて…聖者さまがご無事で良かったです。じゃぁ、俺はそろ
 
そろ騎士団の官舎に戻りますんで。」
 
人のいいグロッケンは、そう言うと、森羅に視線を走らせたが、その
 
手にある破れた布の切れ端には気付かず、またこの目に聖者の御姿を
 
映すことができたと喜びを噛み締め、満足そうに頷くと、フランの嘘
 
を信じ切った様子で、部 下二名と共に部屋を後にした。
 
 
   *** ***
 
 
〔――おいっ、何て声出すんだよ〕
 
(仕方ないだろー!わたしは、鳥が嫌いなんだ!この真っ黒な羽……
 
ったく、きもいったらありゃしない、きー・もー・い〜〜〜!!!)
 
〔――鳥が嫌いなのは知ってるけど、ケンタッキーは好きだよな!〕
 
(あれは、鳥じゃなくてチキン、かしわ、肉、唐揚げ!!全く別物な
 
んだー!)
 
〔――まぁ、それでもいいけど。でも、この部屋薄暗いし、“悪魔の巣
 
窟”って感じだよな、〕
 
(うん。早いとこ、この不気味な羽を何とかしなきゃ……)
 
 
自分の中で、次の行動を決めた森羅は、寝台の周りをぐるりと取り巻
 
くと帳を全開にし、窓があると思わしき部屋の端へと向かった。
 
 
その様子を見ていたジールとフランは、慌てて聖者に声を掛けようと
 
したが、前を立ち塞がるようにして躍り出た二人に対して、森羅は腕
 
を組み、苛立ちを隠そうともせず、長身の彼らに無言の睨みを効かせ
 
た。
 
 
(どけよー!図体のでかい男が二人揃って…邪魔なんだよ!)
 
〔――でも、この場合何かコミュニケーションを取らないと先に進ま
 
ないし、ここは、異世界だって言うこと、忘れてるんじゃないかー?〕
 
(へっ、異世界…あっ、そうだった!)
 
〔――確か、召喚とか言ってたよな、〕
 
(そうだ、そうだ。思い出した!無断召喚…誘拐されたんだ!!)
 
〔――で、どうする?〕
 
(何が?)
 
〔――これからの待遇とか、命の保障とか、それに、身代金目的じゃ
 
無いにしろ、何か要求があるはずだ。〕
 
(そうだよな、貞操の危機もあるしな、)
 
〔――いやっ、それは無いだろう〕
 
(失礼なヤツだなー、一体、わたしの中の君、あんたは誰の味方なん
 
だー?)
 
 
森羅が、一人喋りで忙しくしている様子を黙って見ていたジールとフ
 
ランは、怖い顔をして宙を睨んだままの聖者が相当怒っているものと
 
判断し、その場を退くと部屋の隅に控えていた神官の二人、ブビスと
 
カビスに緑香の間の掃除を言い付けたのだった。
 
 
   *** ***
 
 
 部屋付き神官の二人、ブビスとカビスによって瞬く間に片付けられ
 
た緑香の間……今は、分厚い遮光幕も上げられ、丁度太陽が沈み行く
 
寸前で、世界を夕闇の群青へと塗り替えようとしていた。
 
そんな美しくも切ない景色に見とれ、窓辺に腰掛けていた森羅に声が
 
掛けられた。
 
 
「聖者さま、御身体の方はもう大丈夫でしょうか?ご気分がすぐれな
 
いようでしたら、もう一度医師の手配を致しますが、……」
 
そう言ったのは、神官長のジール・フッイットーラで、先程の騒動な
 
ど微塵も感じさせない凛とした表情で、長衣も身奇麗に整えられ、頭
 
の上に乗っかっていた黒い羽も取り払われていた。
 
 
(“せいじゃ”って誰のことだー?)
 
〔――さぁー?〕
 
(もしかして、“静蛇”!…このパンツのヘビのことかな?)
 
〔――?〕
 
(だって、これって動かないし喋りもしない静かな蛇だろー)
 
 
無言で、一人喋りをする森羅を黙って見つめていたジールだが、また
 
もや何の返答も無く、こちらを見ようともしない様子に、相当気難し
 
い御方なのかもしれない…何とか誤解を解いて、聖者にお心を開いて
 
貰わねば……そう思い、もう一度話しかけた。
 
 
「聖者さま、先程はお見苦しい姿を見せてしまい、誠に申し訳ござい
 
ませんでした。大人げないことをしたと…深く反省しております。ど
 
んなお叱りをも、覚悟しておりますが、どうか、わたくし共を無視す
 
るのだけは、お止め頂けませんか。……聖者さまとこのまま会話がで
 
きないのでは、御身(おんみ)の欲することが全く判りかね……不本意ながら、
 
またもや聖者さまのご不興を買ってしまやもしれません。」
 
そう言って、ジールは静かに頭を下げた。
 
 
 
(何か、喋ることが一々回りくどくて、うざったいんだよ!)
 
〔――で、銀髪さんが何を言いたいのかわかったか?〕
 
(何となくだけど……“おんみ”…だったか、“おのみ”…だったか? 
 
“おのみ”と言えば、鯨の肉だから、それが不況だから買って貰えな
 
いと嘆いているようだ。)
 
〔――呆けるのもいい加減にしろよな!理解できないと言うより、最
 
初からこの銀髪さんの話、聞く気なんて無いんだろう。……最初は死
 
んだと思って、勘違いしてしまったんだから、ちゃんと色んなこと聞
 
いて、現状況の把握とこの世界に関する情報を集めるべきだ!〕
 
(わかった、わかった……仕方ないなぁ、お腹も空いたし、さっきの
 
羽が付いた髪や体も洗いたいから、さっさと終わらせる為にも喋るし
 
かないな、)
 
〔――取り敢えず、調子に乗って余計なことは言うなよ!〕
 
(了解!)
 
 
 

 

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