17.会話の口火を切る
 
 
 
返事を待って静かに俯くジールに、森羅は渋々ながらも一声を放った。
 
「まず、訊きたい。“ せいじゃ ”って、何のことだ?」
 
「はい、“聖者”とは貴方さまのことですが、イリオークの尊い御霊を
 
お持ちの聖なる御方でありますので、そうお呼びしたのですが…もし
 
やこの呼称が、お気に召しませんでしたか?」
 
「コショウ? 胡椒? 小姓……どういう意味だ? もう少し、砕け
 
た言葉で話してくれないか? 昔言葉で喋られても、何を言っている
 
のか、わたしにはさっぱりわからないんだ。」
 
「ムカシコトバ?」
 
「要するに、回りくどくて、ねちねちしたおっさんが、説教する時に
 
話す言葉だ!」
 
 
――――ジールは、聖者の言ったことが呑み込めず、心の中で何度も
 
繰り返してみた。
 
“おっさん”…、“ねちねち…”、“おっさん、ねちねち……”、回りく
 
どいとは、これまでに何度か、言われたことがあるような気もするが
 
……“ねちねち”、“おっさん”…“ねちねち…”、“おっさん”…“お
 
っさん”…“ねちねち…”、“ねちねちおっさん” ……。
 
 
森羅の口から出た“ねちねちしたおっさん”、との酷評にジールの額か
 
ら一筋の汗が流れ落ちた。
 
しかし、そこは神官長、これ以上情けない姿は見せられないと、内心
 
の動揺を隠して顔色を変えないように気を配り、咳払いをひとつして
 
から言った。
 
 
「……はい、では失礼して……聖者とは、貴方のことです。他の呼び
 
方がよろしければそう致しますが…。」
 
「まぁ、まだよくわからんが、わたしは、“ 和木 森羅 ”と言う。姓
 
がナギで、名がシンラ、“ シンラ ”と呼んでくれればいい。」
 
「ナギシンラさま……シンラさま、承知致しました。」
 
「所で、一度聞いたようだけど、忘れたので……あんたの名前は?」
 
「わたくしは、シュウダシャ―ル国の神官長、ジール・フッイットー
 
ラです。どうぞジールとお呼び下さい。」
 
「そっちの、あんたは?」
 
ジールの後方で、所在無さげに突っ立っていたフランは、慌てて姿勢
 
を正すと改まった様子で答えた。
 
「はい。わたくしは、シュウダシャ―ル国の…」
 
「違うだろ!」
 
「はー?」
 
「“ わたくし ”、じゃなくて…さっきは、“ 俺 ”って言ってたよなー、
 
確か…、それでいい。砕けろ!」
 
 
――――何なんだぁー? 生意気で偉そうなガキだなぁ……まぁ、そ
 
のお綺麗な顔に免じて許してやるが、聖者ってもっと楚々とした者じ
 
ゃないのかー? 口さえ閉じてりゃ、絵になるのに、勿体無い……。
 
 
フランは、内心ムカつきながらも涼しい笑顔を絶やさなかった。
 
「俺は、シュウダシャ―ル国の副神官、フラン・ソッフォームだ。フ
 
ランと呼んでくれ、よろしくな!」
 
そう言ってから、さらに軽くウィンクをよこした。
 
 
「おいっ、フラン、それでは砕け過ぎだろう! シンラさまに対して。」
 
ジールは、堅物らしくお決まりの一言を挟んだが、フランは全く堪え
 
ておらず、にやにや笑ったまま、森羅の方を見て顎でしゃくるように
 
言い放った。
 
 
「シンラさまが、砕けるようお望みなんだから。」
 
「それでも、礼儀に則って、しかるべき言葉使いをだな、」
 
「 かまわない!」
 
森羅が口を挟んで制したので、 ジールも、大人しく引き下がるしか
 
無かった。
 
 
   *** ***
 
 
「話が長くなるかもしれないから、あっちへ移動しよう。」
 
森羅は、綺麗に片付けられた居間の方を指差し、ジールとフランの返
 
事も聞かずにさっさと歩き出した。
 
 
龍の彫りものを施された大きな楕円形をした黒樫のテーブルと、それ
 
とお揃いの椅子が向かい合わせに八脚ずつ、全部で十六脚あった。
 
森羅は、慌てて後を付いて来た二人に、自分の向かい合わせに座るよ
 
う促し、両者がそれぞれ席に着いたのを見届けると徐に切り出した。
 
 
「で、ジールにフラン、もう仲直りしたのか?」
 
「まぁ……。」 
 
「何とも……。」
 
森羅に聞かれるとは思っていなかった予想外の問いかけに、ジールと
 
フランは驚きつつ、曖昧に返事をして言葉を濁した。
 
 
そんな二人に対して、森羅は、これまでの不機嫌さとは打って変わっ
 
た表情で、左頬に笑窪さえを浮かべながら言った。
 
「何だ、まだ仲直りしていないのか……仕方ないなぁー。」
 
 
   *** ***
 
 
〔――おいっ!また始まったのかー!!自分に関係ないことにまで、
 
首を突っ込む必要ないだろー!! やめろーーー!!!〕
 
 
普段無口で、殆んど喋ることの無い森羅が、時に…昔、母に口を閉じ
 
るよう命ぜられる以前の…口から生まれたと評される子供に返ったか
 
のように、喋り出すことがある。
 
そうなった時は、相方の存在さえ置き去りにし、とんでもないことを
 
口走ったり、訊いたり……考えるより先に口に出す始末で、森羅の相
 
方は、気が気ではなかったのだが、もはや、誰にも止められない……。
 
 
〔――おいっ!やめてくれー!!お口にチャックうーーー!!!〕
 
(煩い!シャラップ!!)
 
 
 
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