18.掴めない会話
 
 
 
 ―――森羅が、これから何を言わんとするのか……?―――
 
 
 
 ジールは、フランに対して逆上し、あまつさえルーンを織り込んだ
 
特殊魔法を発動しようと我を忘れた自分に対して、自責と後悔の念で
 
いっぱいだった。
 
でも、フランの言ったことは、どうしても許せない……そんな葛藤が
 
心にあった為、うかない顔で森羅を静かに見つめていた。
 
 
 一方、フランと言えば、いくら聖者であっても、たかだか十年とそ
 
こいらしか生きていない子供なのに、大人の事情が分かってたまるも
 
のか、それに、俺がジールに言ったことも理解できるはずもないだろ
 
う……そう思い溜息を吐きそうになったのを誤魔化し、何食わぬ顔で
 
澄ましていた。
 
 
一方、森羅は、そんな二人の心中を慮る意思も無く、唐突に話を切り
 
出した。
 
「“ 挨拶は時の蛆虫 ”って諺があるんだが、知っているか?」
 
 
〔――それを言うなら、“ 挨拶は時の氏神 ”だろー!いつもへんちく
 
りんな譬え話を引き合いに出すんだ…この諺魔!!)
 
 
「いいえ、存じません。」
 
「俺も、聞いたことない。」
 
ジールもフランも、森羅の口から何やら難しい言葉が飛び出したのに
 
驚き、これは、ご神託やもしれぬ……咄嗟にそう判断した。
 
そして、二人は、真剣な表情で森羅を見つめ、居住まいを正した。
 
 
「この、“ 挨拶は時の蛆虫(うじむし) ”って諺の意味は、もし誰かと喧嘩をして
 
いる最中に、仲裁をしてくれるものが現れたとする。そして、その仲
 
裁者が、蛆虫(うじむし)であったとしても、感謝の気持ちを持って、その仲裁に
 
従うのがいいってことだ。」
 
 
〔――まぁ、意味は合ってるような気もしないでは……?〕
 
 
それから、森羅は、ジールの濃紫の瞳を見つめ続けて言った。
 
「では、ジール、“ 月夜にカマを掘られる ” と言う諺、わかるか?」
 
 
〔――それを言うなら、“月夜に釜を抜かれる”だろー!君は、何でそ
 
う下品なんだよー!!〕
 
 
「いいえ、存じません。」 
 
ジールが、そう答え静かに首を横に振った。
 
 
「よく聞けよ、ある所に、ひとりの美しい男が居たんだ…そして、綺
 
麗な月に見惚れていた夜に、汚く、吐き気を催すほど臭くて、三日も、
 
いや一ヶ月にしよう…風呂にも入っていない不潔な大男が、忍び込ん
 
で来たんだ。そして、嫌がる美しい男に襲い掛かり、無理やり自分の
 
欲望を果たしたんだ……ジール、ここまではわかるか?理解できた
 
か?」
 
 
〔――もう、いい加減にしろよ!何で、いつもいつも、勝手に話しを
 
作り変えるんだー!!〕
 
 
ジールは、眉を顰めて、懐からハンカチらしきものを取り出し、鼻と
 
口を押さえており、首を縦に振り肯いてみせた。
 
「で、これの意味だが、油断をすれば隙ができ、その隙に付け入られ
 
て仕舞いには、自分の大事なものを盗られてしまうぞ!と言うこと
 
だ。」
 
 
〔――まぁ、これも、意味は合ってるような気もしないでは……?〕
 
 
 
じっと考え込んでいるジール、そして唖然とした表情で森羅を凝視し
 
ているフラン、二人の反応を見た森羅は、満足そうに頷くとまた喋り
 
出した。
 
 
「ジール、切れる気持ちもわかるけど、暴力は良くない。怒りを爆発
 
させた所で、何の解決にもならないし、自分を貶めるだけだぞ。それ
 
に、済んでしまった過去に拘っても、変えられないものがあるだろー、
 
何を言われても、堂々と胸を張って生きてこそ、本来の己なんだと自
 
信を持てばいいんだ。そして、今度腹がたった時には、思い出すんだ
 
……“ 月夜にカマを掘られる ”……いつ何どきでも、お尻には力を
 
込め、隙間を作るなよ!」
 
 
「はい、申し訳ございませんでした。これからは、聖者さまの御言葉
 
をしかとこの胸に刻み、不肖ではありますが、このジール、己に自信
 
を持って一層精進するつもりでございます。」
 
そう言ってジールは、森羅への感謝と尊敬の念を込め、深々と頭を下
 
げたのだった。
 
 
〔――えっー? 納得するのか、今の話を……!!……?〕
 
 
   *** ***
 
 
「次に、フラン!」
 
「はい、」
 
「人をからかうのが楽しいか?からかい、相手が怒るか、泣くか、傷
 
つく姿を見て、面白いか?それであんたは何を得るんだ?」
 
フランは、神妙な顔をして、さらに森羅の言葉に瞠目し、答えること
 
ができなかった。
 
 
「結局、自分が優位に立とうとして、ジールの触れて欲しくない性癖
 
にまで口を出したんだろー。それは、あんたのコンプレックスの裏返
 
しに過ぎない! 即ち、己の劣等感がなせる業だ!!もっと分かりや
 
すく、言い換えれば……“ 弱いチンチンほどよく吼える! ” 」
 
 
〔――おいっ!違うだろー!!〕
 
 
「“ 小さなチンチンほどよく吼える ” 」
 
 
〔――おいっ!わざとか!!〕
 
 
「……弱々しい、小さなチンチンを持つチワワ犬、即ち小さな犬だな、
 
小さな犬は、自分より大きい相手に何かされる前に吼えて威嚇するん
 
だ。」
 
 
フランは、何やら股間をもぞもぞと隠すように前屈みになって、
 
「……はい、恐れ入りました。確かに……俺は、ジールの巨根が羨ま
 
しかった…」
 
そう言って自分を恥じ入るように俯いたのだった。
 
 
〔――えーー???話の先が見えない……どうなってんだーーー?〕
 
 
 
 
 
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