21.被害者の要求 
 
 
 
 ジールは、森羅の口から『じじーぃ!』『禿げる!』と言われたこと
 
にショックを受け、それと同時に自分の口癖を指摘され、話の出鼻を
 
挫かれた形で何を言えばいいのか思い浮かばず無言だった。
 
「ジール、この国の最高責任者って誰だ?」
 
「シュウダシャ―ル国、国王陛下ダーナ・レイル・イシュルク・スタ
 
ス・ハーミタル様で御座います。」
 
「えっ、ダーナに、レイルに、イシュルクだっけ? 国王陛下って、
 
一人じゃないのか?」
 
「いえ、違います。ダーナ国王陛下おひとりで御座います。」
 
「冗談だ! 勿論、わかってる、あの黒薔薇女王だよな、」
 
「は?」
 
「ぃやっ、何でもない! で、ジールが仕えているのは、誰だ?」
 
「国王陛下ダーナ・レイル・イシュルク・スタス・ハーミタル様で御
 
座います。」
 
「そうか、ジール、……わたしはこの国の人間でもなければ客でもな
 
い。あんた達は、“ 召喚 ”と称してわたしをここへ呼んだと言うが、
 
わたしに言わせりゃ、“ 誘拐 ”であって、あんた達は犯人、わたしは
 
被害者だ。その被害者が、“ さま ”付けなんかで呼ばれていたら不自
 
然だろー!? それでは、召喚を召喚だとは認めていないわたしが、
 
既に認めたことになるんじゃないかー、それに、まだこの国の事情も、
 
あんた達の目的も何も聞いていないのに、納得したみたいになるから
 
な…、だから、断固とした被害者の立場から、『さま付けなし』を、要
 
求するから!! さま付けで呼んだら、もう口は利かない!!」
 
森羅は、融通の利かない頑固なジールを諭すように言い聞かせたのだ
 
った。
 
「シンラさま、」
 
「………」 
 
無視、無視、無視………。
 
「仕方ないですね……シンラ、」
 
「何だ、ちゃんと言えたじゃないか!! くっくくく…ハハハ……、」
 
二人は初めて眼にした森羅の明るい笑顔と笑い声に、まるで雷に打た
 
れたかのように固まってしまった。
 
 
―――《可愛い……、なっ、何、考えてるんだ、馬鹿なっ!》……ジ
 
ールは、白い頬をほんのり染めて―――――、《女だったら、いずれ俺
 
のものにしてやったのに……男か…勿体無い!》……フランは、舌打
 
ちが聞こえそうに少し悔しげな様子で――――、二人は、それぞれ森
 
羅の笑顔を食い入るように見つめ続けた。
 
 
森羅が本来持つ、無邪気で明るい笑顔と人となりが垣間見えた瞬間だ
 
ったのかもしれない。
 
 
   *** ***
 
 
(そろそろ何か食べないと目が回りそうだ…、)
 
〔――そうだな、口に合うといいけどな!〕
 
食事のことをどう切り出そうか迷っていた所で、ジールが言ってきた。
 
「所で、喉が渇いておられませんか? もしよろしければ飲み物でも用
 
意させますが…?」
 
「わたしは喉も渇いているが、空腹で、それに体や髪も洗いたいんだ
 
けど…外は、もう真っ暗だし夕食の時間じゃないのか? この国の食事
 
がどんなものか知らないが、夕食を持って来てもいいぞ!!」
 
「はい、既に手配は終えておりますので、もうそろそろ、仕度が出来
 
たとの知らせが入る頃だと思います。 暫し、ご辛抱を…、」
 
「そうか、」
 
そんなやり取りを聞いていたフランは、まだテーブルの上で正座をし
 
ていた森羅のお腹の辺りに手を回し、片腕でそっと抱き上げた。
 
「おいっ、フラン、放せ! 何するんだ!?」
 
「嫌だね、シンラを俺の弟にする!」
 
「えっ? 何で弟なんだ! わたしはこう見えても、」
 
そう言った途端、ジールの長衣の懐から緑の苔玉=“モーヴ”が派手
 
な音を立てて鳴り出し、森羅もフランもそっちに気を取られて会話の
 
方は中断された。
 
モーヴを取り出したジールは、何やら念じた後、「承知致しました!」
 
と一言だけ言い、またそれを懐に仕舞ったのだが、“ モーヴ ”を黙っ
 
て見ていた森羅は、緑のモフモフ携帯か、なかなか斬新なデザインだ
 
な、と思っただけで、このシュウダシャ―ル国に魔法や魔術、霊力と
 
言ったものが存在することには、まるで気付いていなかった。
 
その他にも、ジールやフランがスイッチを入れた訳でもないのに、部
 
屋の中は、いつの間にか明るくなっており、シャンデリアらしきもの
 
が高い天井に吊るされ、壁の方にも小さな花や葡萄の房のような形を
 
した照明器具と思しきものが、あちらこちらに付いているのだが、中
 
にはキラキラと輝く白い石があるだけで、それを見れば灯りの供給源
 
に疑問を抱いたかもしれない。
 
しかし、今は、空腹中の空腹、森羅には食べること以外に興味は無か
 
った。
 
  



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