3.臨死
 
 
 揺れが収まったと思ったら今度は、微かだが、男のような低い声が
 
聞こえてきた。
 
途切れ途切れで、何を言ってるのかまでは判別できないが……
 
不思議な言葉を紡いでいるようだ。
 
段々その声が近付いて来た。
 
 
 
((((==幽玄==聖樹==イリオーク==我ら==常世==))))
 
 
………一瞬、頭が真っ白になる!!!――――――
 
 
胸の奥深くに何かが突き刺さったような………絶望のような悲しみが
 
心をよぎった。
 
 
〔――何だろう………幻聴か?〕
 
(やばいよな、さっき、何か頭に当たったような…もしかして……
 
脳震盪かな?)
 
 
少し不安になったが、頭を触ってみてもタンコブも傷もなかったので、
 
もう暫くこのままで様子を見ようと思った。
 
 
   *** ***
 
 
 自分の心臓の鼓動だけがやけに大きく感じる。
 
震動が止まってから数秒なのか数分なのか、数十分なのか全くわから
 
ない。
 
時間の感覚が麻痺したようだ。
 
 
〔――何も起こらないな……〕
 
(てっきりアパートの壁や天井が、崩れ落ちて来ると思ったのに……)
 
〔――崩壊は免れたようだ……でも、まだ完全に安心するのは早いかも
 
しれないぞ……〕
 
(これ以上の災難は他所で、お願いしたいけど、天災は所構わず襲って
 
来るものだから……と、取り合えず、布団の中から出ようか?)
 
 
元々、豆電球さえつけるのをケチって真っ暗だったわたしの部屋。
 
今は、頭にすっぽり布団を被り、手で頭や顔まで覆い隠して丸まって
 
いるというのに、何故か眩しくて外が明るいのが感じられる。
 
 
〔――レスキューとか自衛隊の使う光源か?〕
 
(もしかしてテレビ局の撮影?宇宙人の襲来?)
 
〔――いや、何か違う気がする……〕
 
 
どこがどう違うのかわからないけど、一応心を強く持とうと覚悟を決めて
 
から布団の中から首を出し、そろりと片目を開けた。
 
 
(へっ?……わたしが居たのは自分の部屋……さっき覗いた鏡もクロー
 
ゼットもカーテンも、観葉植物に……、それからベランダも、勉強部屋も
 
……壁も、天井も…全部、無い!!!それに被ってた布団も……消えて
 
る!)
 
〔――茫然自失とはこういうことを言うんだな!〕
 
 
   *** ***
 
 
真っ白な何も無い空間にいる。
 
右を向いても左を見ても、上下、前後、ぐるりと回って見ても何も無く、
 
唯一の救いは優しく温かい光があることだった。
 
 
(これが、真っ暗闇だったら…と、想像するだけでぞっとするな!)
 
〔――いったい、どうなってるんだろう…?〕
 
(ってか、わたしの部屋は? 荷物は?)
 
〔――文字通り行方知らずだ…〕
 
(そんな……、)
 
 
自分の部屋で…ベッドの上で、暑くて眠れないことに怒りを爆発させた
 
…そして大地震…それから 周りりの物が一切合財消え失せた。
 
いったい何が起きてるのか?
 
 
…… 結局、過去に遡って考えてみても、自分の脳みそをふる回転させ
 
ても、何が何やらさっぱりわからなかったけど、不思議と恐怖は感じ
 
なかった。
 
そして、ほんの少し呆然としていただけで、しばらくすると、あの蒸し
 
暑い自分の部屋に比べると、さらりとした空気で、暑くもなく寒くもない
 
快適この上ない居心地満点の状態に自然と顔が綻んだ。
 
 
(いやぁ、天国、天国!)
 
〔――おっ、極楽、極楽とも言うな!〕
 
 
蒸し風呂から一転、体のベタベタ感も消え、自分の腕を触ってみても、
 
さらさらと乾いているのが嬉しい。
 
愉快な気分でクスクスと笑っていたら、相方が驚くべきことを
 
言ってきた。
 
 
〔――もしかして……死んだのかも……即死か?それとも脳死か?〕
 
(えっ、そんなバカな!)
 
〔――いや、あの時、頭に何か当たったような衝撃があったじゃないか、
 
それが原因で、部屋の中でそのまま死んだかも?よく聞くじゃないか、
 
ほらっ、自分が死んだことに気づかず、幽霊やゴーストと化したまま、
 
昇天も、昇華もできずに彷徨う話……、〕
 
(それって、いやだなぁ…地縛霊とか浮遊霊、それとも悪霊の仲間入りか?
 
なぁ、幽霊やゴーストってやつは、みんな悪霊なのかなぁー?)
 
〔――どうかな…、そもそも良い霊なら天国とか極楽に行くか、転生への
 
道に組込まれているはずだろう?〕
 
(ん…わからないけど、確かなことは……“一難去らずしてまた一難!
 
いったい何難だぁー!?” …ぶっ、くくくっ、…笑える、今のわかった?
 
何なんだー?とかけて何度目の災難かっていう駄洒落ー!)
 
〔――面白くも何ともない! もう止めたらどうだ? 死んでまで……
 
非常に寒過ぎるし、笑えない!!〕
 
(ふん! じゃ、泣けばいいのか? 怒ればいいのか? ひったくりに
 
始まって打撲に肋骨骨折の全治六ヶ月!水を飲んで塩を舐める極貧生活!
 
湿気と猛暑のダブルパンチに蒸し風呂生活、その慣れの果てが、突然死、
 
真面目な大学生のわたしがどうしてこんな目に遭うんだ?)
 
〔――さぁな、ベッドの上で布団に潜って地震をやり過ごそうとしてた
 
のは、覚えているけど、気づいたらここに居た……何が起きたのか理由
 
もわからないし、まだ死んだっていう実感もあまりないからな……でも
 
この場合、“突然死”って言うのは、当てはまらないな…そもそも突然死
 
の定義は、瞬間的な死を含めて、発症から二十四時間以内で亡くなって
 
しまう予期できない死、それと同時に内因性死亡を指すものだからな…、〕
 
(イチイチ、煩い奴だな。 言葉のアヤだから、突然死…突然の死、どっち
 
も死んだことに変わりはない! はぁー、それにしても災難続きの行き着く
 
先が死ぬことだったなんて…何て冴えない下降一直線の人生なんだ……)
 
〔――いや、人としての生は終わったのだから、この場合、“人生”って
 
表現も、変じゃないか?〕
 
(じゃ、何て言うんだ? 人死か?)
 
〔――違う、安易過ぎだろう、それ!〕
 
(人生が終わった後の、死んでも生きて行くこの状態…そんな単語なんか
 
あったか?)
 
〔――造語で“死道”なんていいんじゃないか? 死んでも道を歩いて行く…
 
…みたいな?〕
 
(うん、それでいいかもな!)
 
〔――さて、死んでゴーストと化した今、どう――“死道” ――を歩いて行くか
 
……それが問題だ!!〕
 
(そうだなぁ、できれば世界旅行なんてしてみたいよな、死んでるから人には
 
自分の姿が見えない、旅費も要らない! ファーストクラスでホテルは五つ
 
星!)
 
〔――ちょっ、ちょっと待てよー、我々は今、自分が死んだことを知ってる、
 
死んでホヤホヤ、まさに新米のルーキー死者…そして、死者としてデビューし
 
たばかり…と言うことは……〕
 
(……っと?言うことは……どう言うことだ?)
 
〔――ゴースト化するのには、まず自分が死んだことを知らない、気づかな
 
い、気づけないと言う“無自覚”が必須条件だ!〕
 
(えっ? そうなのか? でも、わたしは、自分が死んだことを知っているし、
 
気づいているけど…、)
 
〔――そう…即ち、ゴースト化するほど、まだ長くは死んでないし、死んだこと
 
をここに来て最初に気づいたからその時点で幽霊には成りえないんだ!〕
 
(へぇー、よくわからないけど?)
 
 
   *** ***
 
 
 理解できていないわたしの為に相方が説明してくれた。
 
これは俗に言う臨死体験で、今いるこの場所は、その始まりの空間であり、
 
生と死の狭間に違いないそうだ。
 
なるほど…、そう考えると真っ白な何も無い空間に居ることも辻褄が合うし
 
納得できてしまう。
 
 
これから、周りの景色が綺麗なお花畑に変わり、誰かが迎えに来るか、それ
 
とも三途の川と言われる水辺に佇ずみ、渡るかどうかの瀬戸際に立たされる
 
かの何れかだろう。
 
そんな風に結論即けた相方の話しに、ふむふむと頷いていると、突然、辺り
 
一面がすさまじい金色の光、“ゴールドフラッシュ”に包まれた。
 
眩し過ぎて目を開けていられず、すぐに力いっぱい閉じたが、それでも目蓋
 
に明るい色を感じた。
 
 
〔――とうとう来たか……やはり思った通りだったな!〕
 
(誰かが、迎えに来たのかな?) 
 
〔――まぁ、こんな光の中にいる以上、地獄の使者では無いと思うが……〕
 
(でも、今更だけど、死ぬのは初めての経験だから、なんかドキドキする
 
よな、ほんとに地獄行きじゃないといいけど…)
 
〔――うん、臨死体験の本を読んだけど、生と死の狭間から戻ってきた体験
 
ばかりで、地獄に行った話にはお目に掛かったことなかったからなぁー、
 
それに臨死でも、生き返らせてくれるとは限らないし…鬼とでるか?蛇と
 
出るか?〕
 
(えーーー、どっちも嫌だ!)
 
 
 
 


 
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