31.一生のお願い 
  
 
 国王を始めジールやフラン、他の皆が心配そうに見守る中、森羅の
 
様子は心ここに在らず……勿論、相方と喋っている訳だがら実際その
 
通りなのだが、傍から見れば儚げで今にもその存在ごと何処かへ消え
 
てしまうのではないかと思わせる空気を纏い、普通の人間とは一線を
 
引くオーラを出しているようにも見え、誰もが声をかけるのを躊躇っ
 
ていた。
 
その為、静かな沈黙が数分続いたのだが、突然、森羅は椅子から立ち
 
上がると、「国王、あっ、あの…ダーナ、『イリオークの歌』について
 
は、まだはっきりと理解した訳ではありませんが、これから皆さんに
 
いろいろと教えて頂ければと思います……よろしくお願いします!」
 
そう言って深々と頭を下げ、それから、ずっと俯いたまま邪魔になら
 
ないよう小さくなっていたタリシャンの青い髪をさわさわと撫でてあ
 
げた。
 
驚いて森羅を見上げたタリシャンに優しく微笑み、小さく頷いて見せ
 
てから、今度は国王の冷たい光を帯びた黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。
 
 
「それから、タリシャンの願いが何なのかわかりませんが、できれば
 
聴いてあげたいので今、話してもかまいませんか? 」
 
国王からは、「かまわぬぞ」との一言があり、続けてヴァローズが、「タ
 
リシャンとやら、国王陛下や聖者さまがそう仰って下さったのだから
 
申してみよ。」そう言って、ジールとフランにも座るよう促し、自分も
 
森羅とタリシャンの向かいに腰掛けた。
 
 
   *** ***
 
 
 許可を得たタリシャンは、少し小さな声だったが、はっきりとした
 
口調で話し始めた。
 
「…聖者さま、僕はこの通りギョームで、親にも見棄てられた所を今
 
の親方に拾われ、道化としてやっていけるよう軽業から剣術、歌も楽
 
器も…その他にも読み書きや宮廷での作法なども教えて頂きました。
 
僕は、他のギョームに比べたら何百倍も恵まれているというのは自覚
 
しているのです。でも、…聖者さまが具現された話を耳にして……、」
 
「耳にして?」
 
「僕を………、」
 
 
何が望みかわからないけど、何だか言い辛そうだな……まぁ、国王と
 
同席だし、言うなれば天皇陛下と一緒みたいなものかも?
 
そう考えると緊張するのも無理ないし……可哀想なので、俯いてしま
 
ったタリシャンの背中を励ますよう、ぽんと叩いて声をかけあげた。
 
 
「はっきり言わないとわからないから、『僕を…』の次は?」
 
「僕を…従者にして下さい。何でもしますし、従者としてきっとお役
 
に立てると思います。 それに、お仕えさせて頂ければこの命は聖者さ
 
まに捧げるつもりです……誠心誠意、お仕え致します。どうか……、」
 
「でも、それじゃ今までお世話になった親方が悲しむんじゃないの
 
か?」
 
「いえ、僕が居ることで親方は…親方には迷惑をかけているので……、 
 
優しい親方だから何も言いませんが、親方の奥方が僕を嫌っていて…
 
…、」
 
「ふーん…、花形役者……看板道化の君が抜ければ後が困るんじゃな
 
いのか?」
 
「いえ、それも大丈夫なんです。10歳になる親方の息子が演技なら
 
僕よりずっと上手くできるようになったこともあり、僕が居ては彼も
 
中々舞台に上がらせて貰えないので……、」
 
「そうか…わたしは了解だけど……居候の身だし…従者だなんて持っ
 
ていいのかどうか?」
 
そう言って周りをぐるりと見渡すと、ジールと目があった。
 
「居候だなんて、滅相も無い! 国王陛下の考えをお聞かせ頂くのが筋
 
かと存じます……、」とジールが慌てて意見を言った。
 
「シンラ、わたしはシンラが望むなら別にかまわぬと思うぞ…だが、
 
そのことはジールの管轄だ。ジール其方の考えはどうだ?」
 
「はい、シンラさまの従者に関しては、何人か身の回りの世話をする
 
者も含めて必要だとは思っておりましたが……神官見習いの中からも
 
是非に自分をと言う声も上がっておりまして、ギョームを従者に据え
 
たとなると……、」
 
 
   *** ***
 
 
 異種族……虎人と魚人の間に生まれたハーフだと言うギョーム……
 
横に居るタリシャンがそうだという以外に何もわからないけど、ジー
 
ルの口調に差別めいた響き感じ森羅は咎めるようにジールを見据えた。
 
「ジール!」
 
「はっ、はい!」
 
「ギョームが何かいけないような言い方だけど!」
 
「や、あの、それは……、」
 
話しを聞いているタリシャンを気遣ってか、それ以上は言葉を出そう
 
としないジールを見兼ねて、フランが淡々と言葉を口に出した。
 
「シンラ、君はこの国に来たばかりだから知らないのは無理ないんだ
 
…そもそもギョームは、さっきタリシャンも自分で言ってたけど、親
 
に棄てられるというか、種族を出て行かざる終えない理由があるんだ。 
 
ギョームは、虎人としても魚人としても生きられない、それは突出し
 
た彼らの生活に付いて行けない身体的な能力の欠損が理由なんだ、中
 
途半端な存在としてどちらの群れにも存在場所が無い、国王陛下も
 
様々な策を取ってギョームの保護に努められているんだが、それでも
 
聖者の身近に彼を置くとなると、黙っていない頭の固い連中、特に、
 
お高くとまった貴族たちなんかが、煩いのも事実なんだ。で……その
 
矛先が神官長であるジールに全部向いてしまう!…ということ!!…
 
…困ったもんだよな!」
 
 
  森羅はフランの話を聞いて暫くじっと考えていたが、徐に話を切
 
り出した。
 
「フラン、今の話で大体のことはわかった。でも、ギョームの保護策
 
を取っておられる国王ダーナの政策にも則っているし、わたしは、タ
 
リシャンを従者にしたいと思う。それで、ジールへの苦情はすべて、
 
わたしの我が侭だと言うことで押し通して欲しい。」
 
 
 森羅の言葉を愉快そうに聞いていた国王は、「ジール、シンラの望
 
みを叶えてはくれまいか? 其方には苦労をかけるやもしれぬが、わた
 
しからも頼むゆえ……」 そう言って頭を下げたのだった。
 
 
(げっ、あの流し目、計算か!……男のくせにお色気ムンムンのフェ
 
ロモン噴射! おいっ、ジールが赤くなってるぞ!!)
 
〔――まぁ、普通の人間なら国王の壮絶な美貌を目の前にして、まし
 
てや自分だけに向かってにっこりお願いされたんじゃ、落ちない方が
 
おかしいからな、〕
 
〔やっぱ計算づくだよな、国王って嫌な奴ダーナ!〕
 
〔―― ……〕
 
(えっ、今のシャレわかんなかった?)
 
〔――一度、シンラら? シンラじらしい洒落は止めて、口を慎シンラ
 
ら?〕
 
(死んだらに白々しい、そして慎しんだらと来たか……お見事!!)
 
 
   *** ***
 
 
 国王が、自分に頭を下げた上に、命令としてではなく『頼む』と仰
 
せられたことに驚くと同時にこれで従者の件は既に決まったも同然…
 
…苦境に追い詰められたことを実感しつつも、ジールは舌を噛む勢い
 
で答えた。
 
「国王陛下、勿体のうございます。このジール、国王陛下とシンラさ
 
まの御心に沿うことが何よりも事の中心と考えておりますので、仰せ
 
の通りギョームを従者にする件はお任せください。」
 
隣でジールの返答を聞いていたフランは、いくら国王陛下が頭を下げ
 
られたからって、もう少し抵抗しろよなー! やっかいなものを背負い
 
込んでしまったことで、自分の仕事も増えるじゃないかと、ギョーム
 
の願いごとを少し恨めしく思い、大きな溜息を吐いたのだった。
  
 
 
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