32.無礼講
 
 
 誰の目も耳も気にせずに済む滅多に無い良い機会だと、国王ダーナ
 
が“ 無礼講 ”を宣言し、目の前に沢山詰まれた料理を皆で食するこ
 
ととなった。
 
 
本来なら断固として辞退するであろうジールも、「 では、お言葉に甘
 
えさせて頂きます。」と言うなり、珍鳥ガウルの肉を頬張り始めた。
 
緩めに結わえられた腰まで届くさらさらの銀髪を片方の手で押さえ、
 
白磁の肌を上気させ黒い睫毛に縁取られた濃紫の瞳を潤ませながら、
 
何とも幸せそうな微笑を浮かべている。 
 
美しい絵画を鑑賞している気分にならないこともないが……中身があ
 
れだから……美貌さんよ、生まれてくる所を間違ったな、ご愁傷様…。
 
 
騎士団長のエルロスも、護衛だから辞退するのでは?と思いきや、「無
 
礼講だということなので、俺も相伴に預かるぞ、ダーナ、かまわない
 
な!」と、国王を呼び捨てに、更に返事も聞かずに席に着き何の肉かは
 
わからないが、“始め人間ギャートルズ・マンモス風”骨付き肉を素手
 
で持ち豪快に食べ出したのだった。
 
そんな彼の豪快な食べっぷりに目を丸くしながら、エルロスも美形の
 
部類に入ってしまうのではと……森羅は彼をそれとなく観察していた。
 
背は、国王と殆んど同じだが、とにかくマチョ、太い腕と甲冑など必
 
要なさそうな厚い胸板、それに腕…あんな腕?で、掴まれたら骨折所
 
か死んでしまうかも? でも、金色の髪を無造作に束ね、緑の瞳を輝か
 
せて嬉しそうにしている顔は、騎士と言うよりハリウッドのレッドカ
 
ーペットを両脇に美女を並べて歩いていそうだ…それも鼻の下を伸ば
 
して……。
 
 
 国王は、「おい、エルロス! 一人で欲張るとまた腹を壊すぞ!」と、
 
グラス片手に言うと、「俺の胃袋は底なしだから心配するな、ダーナこ
 
そ、酒ばっかり飲んでないで食べろよ! ひょろっちいんだから!!」 
 
そう言って右腕で力瘤を作ってみせた。
 
 
ヴァローズは、いかにも執事と言った一見真面目な顔をして背中の中
 
程まである長い茶色の髪を固めの三つ編みにし、少し薄い茶色の瞳の
 
奥には、怜悧な輝きを秘め、国王と同じように鼻の下には口髭を生や
 
していた。
 
ヴァローズは、30歳位だろうか? 中々のイケメンだなぁ……渋い
 
“マダム・キラー ”って感じか? 
 
 
(それにしてもこの国の美形率って、すごいもんだなぁ…男でこうな
 
ら女は壮絶な美女ばっかだろうな!)
 
〔――さぁ? 僕はまだ何とも言えないけど…、〕
 
 
 そのヴァローズとフランは、エルロスが国王にかけた一言でそれが
 
紫色のお酒だと判明したものを、ぐびぐびと飲んでは互いに酌をし合
 
い、国王の杯にも継ぎ足したりしていた。
 
 
   *** ***
 
 
 階級制度のある厳しい王国だと思っていたが、専制君主であるダー
 
ナと支配される部下たちの無礼講の晩餐は、気のいい友人が集まった
 
飲み会のようで、森羅の気持ちも解(ほぐ)れて、ようやく自分も食べようか
 
という気持ちになった。
 
取り敢えず、空腹を通り越していたのであまり食欲は無かったのだが、
 
急激な食事は胃にも良くないと少しずつハイジの白パンと甘酸っぱい
 
ドレッシングの効いたサラダっぽい野菜を摘んだりした。
 
 
深刻な顔をして膝の上で両の拳を握り締めていたタリシャンも、今
 
では森羅に向かって崇拝と感謝の念を込めた眼差しと笑顔を見せてい
 
た。
 
森羅は、緊張を解いたタリシャンに、ジールの受け売りをそのまま伝
 
え、ガウルの肉やスープを勧め、遠慮していたタリシャンも 『君が食
 
べないならわたし も食べないぞ!』と半分脅し文句を口にすると、恐
 
る恐る食事をし始めていた。
 
そんなタリシャンが余計に可愛く思えて、弟が居たらこの子みたいな
 
感じだろうか? そう思って、また、彼の青い髪を梳くように撫でてい
 
たら、国王ダーナが、「シンラ、初めに聞こうと思っていたのだが……
 
貴方の年齢(とし)だが…幾つになられるのか……聞いてもかまわぬか?」と
 
質問してきたのだった。
 
 
(えっ?! 年齢(ねんれい)…考えて無かった! 子供の振りをして、それに性別
 
を偽って彼らの望む“聖者”を演じようと決めてはいたが、年齢(とし)のこ
 
とまでは忘れていた。
 
十歳……? でも、10もサバをよむのは気がひける。 十五歳だと半
 
分大人としてみなされ、言い逃れや誤魔化しが通用しないし……小人
 
運賃で電車に乗れる小学校六年……十二歳でいこうと思った。二十歳
 
のわたしがランドセルを背負う姿が頭に浮かんだが、ここはあくまで
 
もシリアスに…笑っちゃいけない!よっし!やるぞぉー!!)
 
 
   *** ***
 
 
 「わたしは、十二歳です。」
 
 国王は、真っ黒な瞳でゆっくりと数回瞬きすると自分の席を立って
 
わたしの方へ歩いて来た。
 
 
(何だー!? サバを読むのが、間違ったか…十四歳にしとけば、い
 
や十五歳か…どうしよう、やっぱり成人した大人が十二歳だなんて無
 
理過ぎたのでは? 冷や汗たらたら心臓バクバクものだー!)
 
 
「そうか……十二なのか…、まだまだ親御が恋しい年頃であるな、寂
 
しい思いをさせてすまぬと思うが、堪(こら)えて欲しい…、わたしやヴァロ
 
ーズを父と思い、ジールやフラン、そしてエルロスを兄と思い甘える
 
がよい……、」そう言って国王はわたしを抱きしめたのだった。
 
 
( ♪ しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん ♪“子連れ狼”か?! あ
 
んたのこと、『ちゃん!』と呼べば気が済むのか!!古いんだよ、臭い
 
んだよ! 何が、父と思えだ!母親の間違いじゃないのかー!!……バ
 
レなくて良かったけど……急にベタベタ引っ付きやがって、何かおか
 
しいんだよな、この国王、…もしかして、酔っ払っているのかー? …
 
…本当ならこのわたしだってお酒が飲める年齢なのに、自分だけ美味
 
しそうに呑みやがって、ムカつくー! わたしにも一杯よこせ
 
ー!!!)
 
 
 森羅は、悪態を吐きながら国王の腕の中で甘い香りに咽返りそうに
 
なりながら鳥肌のたった自分の腕を見つめていた。
 
そしてジールとフランは、目を潤ませて、ヴァローズは品の良い微笑、
 
エルロスは、からかいを含んだニタニタ顔で、ふたりを見ていたのだ
 
ったが、タリシャンだけは、国王が森羅の髪を撫でながら素早い動き
 
で数本を抜き取り、懐に入れるのに気付いていた。
 
 
 
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