43.危ない罠
 
 
 森羅は、居間に戻ってからカメムシジュース “リガロ”の臭いを消
 
す為に、べルガモットの香りがするお茶 “ブラハ”をタリシャンに入
 
れてもらい、行儀が悪いのは承知でブラハを少しずつ口に含んでは、
 
クチュクチュしながら喉や食道をすすぐように飲んでいた。
 
タリシャンは、その様子を見ても特に気にするふうでもなくニコニコ
 
としている。
 
これがジールだったら、きっと、『行儀がよろしくないのでお止め下さ
 
い!』とか何とか、一々煩く言うんだろうな……タリシャンがジール
 
のような口煩い奴じゃなくて良かったし、味方になってくれたことも
 
含めて幸運だったと実感しながら、ブラハを飲み干すと森羅は長椅子
 
に寝そべって寛ぐことにした。
 
 
   *** ***
 
 
「シンラさま、今から昼食の用意をしますね。」
 
「やっ、それはしなくていいぞ、お茶を飲み過ぎたし、じっと部屋に
 
居るだけで身体を動かしてもいないから、全然お腹が減ってないんだ。
 
それより、タリシャン、ここに座りなよ!」
 
 
森羅は長椅子に寝そべって片肘を着くと、この部屋での会話が筒抜け
 
かどうかの罠を仕掛ける為に、その開始の合図として自分の鼻を人差
 
し指で3回、トントントンと叩いた。
 
先ほどタリシャンとは前もって打ち合わせをしたので、彼も了解のし
 
るしに自分の耳に手をやり、数回耳たぶを触って静かに頷きながら森
 
羅の向かい側の椅子に腰を下ろした。
 
 
「なぁ、タリシャン、国王の髭ってどう思う? あの口髭、なんともダ
 
サダサで、もさいと思わないか?」
 
「ダサダサ? もさい?」
 
「要するに、全然似合ってないというか、口髭だけ見れば親父くさい
 
し、滑稽で、笑っちゃうよな!」
 
「そ、そうでしょうか…、」
 
 
前もってタリシャンには、森羅が何を言おうが盗聴のことは気にせず
 
自然体で振舞うように言ってあったが、さすがに国王の悪口ともなれ
 
ば同意の返答も出来ずに蚊の鳴くように、段々と語尾が小さくなって
 
行った。
 
しかし、森羅は作戦通りとばかりにハキハキした口調と、いかにもこ
 
こだけの話しだというように、少々芝居じみた大袈裟な言い回しで、
 
国王について語りだしたのである。
 
「うん、そうなんだ。 何て表現すればいいかな……口髭ってものはも
 
っとニヒルな…ニヒルは、ニヒリズム…虚無主義のことだけど、この
 
場合そうだな…退廃的なアウトロー、無法者にこそ似合うものなんだ。
 
でも、国王の場合は退廃的な感じは少しはするけどアウトローって感
 
じはしないし、国王をやっているだけあって生まれ持った品は隠せな
 
いし、似合わないんだよなー。 それにどう見ても、お洒落の枠で伸ば
 
した髭でも無さそうだ……わたしの推測によれば、あれは……きっと
 
プライド、自尊心というか誇り高さの象徴なんだと思う。」
 
「自尊心と誇り高さが髭に?」
 
「そう、国王の弱点というか、たぶんあの人間離れした美貌の…“女
 
顔”が、あまり好きじゃないんだと思う……背も高いし体格も鍛えら
 
れてがっちりしてるけど、顔は、国王というより女王みたいだろ? そ
 
れを髭で隠したつもりが、“頭隠して尻隠さず!”本人は、あの髭でと
 
いうか……髭さえあれば女王じゃなくて国王即ち、男に見えると思い
 
込んでいるんだと思う。 でも、勘違いも甚だしいし、あの顔にあの黒
 
髭、まるでおもちゃの付け髭で仮装した可哀相な女性にしか見えない
 
って言うか、余計に女顔を強調していることに気付いてないことが滑
 
稽なんだ。 違和感大有りの、こうなれば“裸の王様”だな!」
 
「裸の王様?」
 
「あぁ、それはわたしの居た世界にあった童話なんだ。 聞きたい?」
 
「はい! 聞きたいです!!」
 
「ん、昔々ある国に、すごくお洒落で、新しい服が大好きな王さまが
 
居たんだ。 ある時、その王さまの元に、二人組の詐欺師が布職人だと
 
偽ってやって来て、『お馬鹿な奴には見えない不思議な布で衣装を作っ
 
ては如何でしょうか?』と持ちかけたんだ。 王さまは新しい服には目
 
がないから大喜びで注文して、最終的には、その不思議な服を着てみ
 
んなに自慢する為、パレード…行進して練り歩くことになったんだ。
 
勿論、そんな服が実際在る訳もなく、王さまを始め家来たちも、目の
 
前にあるはずの布が見えないと言えば馬鹿だと思われるので、みんな
 
王さまの衣装を誉めるんだ。 でもな、その見物人の中に居た小さな子
 
供は素直で正直だから、ありのままに「王さまは裸だー!」って、叫
 
ぶんだ。 その子の一声を皮切りに、ついにみんなが、王様はほんとに
 
裸だと気付くんだけど、民衆たちは裸の王さまを見て囃し立てたり大
 
笑いする中、王様一行は行進を続けた、っていうお話なんだけど、あ
 
の国王陛下の黒髭も、『変!』とか、『気持ち悪い!』とか、『髭が無い
 
方がいいですよ 』と、進言するものがいない点と黒髭が自分を男に見
 
せる“変身髭”だと思い込んでいる点では、裸の王さまと似通ってい
 
るんじゃないか? わたしはそう思うぞ。」
 
「ぼ、ぼ、僕には、何とも……、」
 
「まぁ、わたしには関係ないから、別に髭があろうがなかろうが、ど
 
っちでもいいんだけど。……でも、もったいないよなー、」
 
「は? あのー、何がもったないと?」
 
「口髭さえなかったら、完璧なのに……シュウダシャールの魅力溢れ
 
る……王として!!」
 
森羅はわざと、王の前の「女」、即ち、女王の「じょう」を無音で聞こ
 
えないようにして言った後、更に続けた。
 
 
「そしてわたしも…、ダーナに黒髭がなかったら好感が持てたかもし
 
れない。」
 
「あ、あのー、国王陛下がお好きじゃないんですか……?」
 
「んー、何と言えばいいのか……実を言うとダーナの顔を見る度に、
 
まるで裸の王さまを見ているような気がして、直視できないんだ…。
 
だから、好意を持つ以前の問題というか……悪いけど、あまりお近付
 
きになりたくないんだな…、それに、わたしはこの世界では新参者だ
 
ろー、そんなわたしが国王の髭についてとやかく意見するのもおこが
 
ましいし、でも正直者のわたしの口はそれを言いたくてうずうずする
 
し……そんな葛藤がある中での解決方は、国王の髭、いや、ダーナそ
 
のものを見ないようにするしかないんだ。」
 
「はー、そうなんですか……、」
 
「タリシャン、この話しは内緒の話しだから誰にも言うなよ。勿論、
 
国王ダーナにもジールやフランたちにも!」
 
そう言って、森羅は人差し指で鼻の頭をまたトントントンと3回叩き、
 
タリシャンも自分の耳たぶを引っ張りながら、「は、はい! 僕は他言
 
致しませんからご安心下さい。」と返事をし、罠を仕掛ける為の会話は
 
終了したのであった。
 
 
   *** ***
 
 
(居間の盗聴があるかどうか、これで本当にこれで確認が取れるのか
 
な?)
 
〔――あぁ、大丈夫だ。 あとは国王の出番を待つのみ、だから心配す
 
るな!〕
 
(でも、あの国王が口髭を剃るかなー?)
 
〔――次に顔を合わせた時には、あの髭は無くなっていると思うぞ。〕
 
(そうかー? さっきの話が筒抜けだったとしても、案外そのまましぶ
 
とく生やしているかもしれないぞ?)
 
〔――いや、君は気付いてないけど……国王は君のことを…いや、止
 
そう、この話は……兎に角、彼は髭を剃るだろうけど、その時の反応
 
の仕方を考えとけよ!〕
 
(えっー! 君は考えてくれないのか?!)
 
〔――僕は、他に考えることがあるから、……でも、そうだな…最初
 
の時みたいに女王だと思えばいいんじゃないか?〕
 
(うん、見た時の印象で実際どうなるかわからないけど、一応、罠だ
 
ったと気付かれないようには気をつけるよ!)
 
 
   *** ***
 
 
一方、主塔へ戻った国王は、先に執務室で執事兼側近のヴァローズ
 
に指示を出した後、自室に向かい、そこでセイントと共に聖者である
 
森羅のことを話し合っていた。
 
「セイント、シンラは間違いなく女であるぞ、彼、いや彼女の髪を調
 
べたからそれは確実なんだが、わたしが判らぬのは何故自分が女だと
 
言わずに男の振りをするのかということだ。 其方はどう考える?」
 
「そうですな……シンラ殿が賢い御方なのは一目瞭然、何か思う所が
 
あってのことじゃと……やはり一番確かな理由の一つとして考えられ
 
るのは、ご自分の身を守る為でありましょうな。」
 
「身を守る為か……、ならば何から身を守る?」
 
「はい、これから聖者に求められる結婚や子を生すという行為を含め
 
て、(おなご)であるなら当然のことじゃと…、男たちから身を守るのは本
 
能かもしれませぬな、特にご自分の意に沿わぬ形で強引に事を進めら
 
れても困ることへの聖者独自の防御策ではないでしょうか……。」
 
「そうだなー、……おまえの言う通りだとすればシンラは一筋縄では
 
行かぬ気性かもしれぬ。 しかしそうであれば、十二だと言っておった
 
ことも疑ってかからねばならぬが……あの体つきはどう見ても子供の
 
ものだ…、」
 
「いえ、陛下、人間にしても成長の速度は人それぞれでございますか
 
らな、一概に体つきから子供だと判断はできませんぞ。 いい例が、ギ
 
ョームのタリシャンです。 シンラ殿の成長もゆっくりしたもので、ま
 
だ初潮を迎えられていないのかもわかりませぬが、食事と共に最低で
 
も一日三度、リガロを続けて飲むようにしていれば、ものの十日か半
 
月もあれば年齢に応じた変化が見られましょう。 それから、女性向け
 
の成長を促進する薬草を調合してリガロに混ぜれば、効果がもっと顕
 
著に顕われますが、お作りしましょうかの?」
 
「……それは、シンラの身体に害を及ぼすことはないのか?」
 
「いえ、そのようなことは全くもって心配無用でございます。 多くの
 
女性が身体の不調を整える為にも服用しておりますゆえ、害を及ぼす
 
副作用が無いことは証明されておりますのじゃ。」
 
「そうか、……性別に関してはまだ当面秘密にしておくとして、聖者
 
の発育が良くないとの理由をつけてシンラにその薬草を混ぜたリガロ
 
を飲ませることと、飲まずに吐き出されては困るゆえ、味と見た目を
 
変えてから念のためにジールに服用の監督をさせることを申し付けて
 
おけばいいだろう。」
 
「はい、仰せの通りに…では、早速手配して参ります。」
 
 
セイントはそう言うと国王の自室を出て浅緑塔に向かい、一人残った
 
国王は、“ジャンルシャン”(神の眼)と呼ばれる表鏡を懐から取り出
 
し、何やらじっと考えながらそれに見入ってた。
 
 



 
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