44.神官服とジール
 
 
 タリシャンの生い立ちやシュウダシャール国の名産など、特に食に
 
関して、思いつくまま質問したり、反対に日本のことを話したりと、
 
他愛もない話題を選んで雑談していたら、しばらくして、ブビスとカ
 
ビスが木で出来た大きな箱を抱えて部屋に入って来てた。
 
「シンラさま、衣装や靴など、当面必要なものが届けられましたので、
 
一応、衣装部屋までお運び致します。」
 
「うん、重そうだけど手伝わなくて大丈夫か?」
 
「「 はい、ありがとうございます。 でも、わたし達で運べますからお
 
気遣いなさらずに、どうぞそのままでいらして下さい。」」
 
「そうか…じゃ、悪いけど頼むな!」
 
 
二人が浴室とトイレがある方とは反対の扉を開けて荷物を運びいれた
 
後、タリシャンが届けられた荷物の整理をすると言うので、その間、
 
森羅はブビスとカビスに神官の衣装について、いろいろ尋ねることに
 
した。
 
 
神官職に就く者たちは、大抵、足首まで覆い隠す白い長衣を身に着け
 
て、その下には長衣と同様の布を使ったシュクールと呼ばれるズボン
 
を穿いており、衣装の形だけを見れば、アオザイとクワンのような感
 
じもするのだが、今まで目にした着用者が皆西洋人の容姿をしていた
 
為、全然違ったものに見えた。
 
それから、歩きやすいように腰の横から裾にかけて、左右に大きな切
 
れ込みがある他、刺繍などの装飾を施すのは、それで自分の家系や所
 
属を表していて神官職だけでなく、城で働く者としては一般的な風習
 
だと教えてくれた。
 
その他に靴に関して言えば、塔の中では柔らかいモカシンやスキンブ
 
ーツのような動物の皮で造られた軽い靴を履き、外出する時はしっか
 
りした厚めのものを履くことが多いらしく、出先の地形や気候によっ
 
ては外套を羽織ったり、目的によっては腰に長剣を差すといったこと
 
もあるらしい。
 
で、下着に関して質問しようと思ったが、一見は百聞にしかず、後で
 
見ればわかるかと思い直して、彼らの好きな食べ物や飲み物など、国
 
王に筒抜けでも怪しまれないような軽い質問に留めておいた。
 
そして、半時ほど経ってからタリシャンが衣裳部屋から出て来た。
 
「シンラさま、すぐに着替えられますか?」
 
「んー、どうしようかな……邪魔くさいけど、サイズが合うかどうか
 
確かめないといけないから、着てみようかな。」
 
「あの……着替えのお手伝いは?……」
 
頬を赤く染めたタリシャンの顔を見て、森羅は自分の鼻を叩きながら
 
言った。
 
「あぁ、手伝ってもらおうかな? 着方とか間違っていたら嫌だし、で
 
もその前にお風呂に入りたいんだけどいいかな?」
 
「はい、では、入浴がお済みになりましたら声をお掛けください。」
 
「じゃ、入ってくるから、着替えを用意して後で持って来て。」
 
「はい、わかりました 」
 
タリシャンはそう言うと自分の耳に手を持って行った。
 
 
   *** ***
 
 
森羅の為に用意された服は、白い色で形も神官服と同じではあったが、
 
一目で特別に誂えた高価なものだとわかるものであった。
 
何故なら、本来なら裾だけにあるのが普通のはずの模様が全体にあり、
 
ブビスやカビスが着ていた生地とは明らかに違うサテンのような光沢
 
があるものが使われていたからだ。
 
それに、背中に何かの樹が生い茂る刺繍が自模様にも見える白い糸で
 
施され、前身ごろや袖の辺り、それからズボンにも、葉っぱの刺繍と、
 
おまけにその葉には水滴のような雫に見える小さな真珠があしらわれ、
 
森羅は手に取った途端、口を開けたまま唖然としてしまった。
 
 
「なぁ、タリシャン、これ以外に服は無かったのか?」
 
「いえ、あと10着程、ありましたが…、」
 
「じゃ、せっかく用意してくれたのに悪いけど、もっと普通のやつ、
 
ブビスとカビスが着ているような服を持って来てくれないか?」
 
「はい……あの、今、お持ちしたものが一番着易くて簡素かと…、」
 
「えっ? 普通の神官服は入って無かったのか?!」
 
「はい、シンラさまにお似合いの豪華で美しいお衣装ばかりでしたが
 
…、」
 
「まったく!! 誰がこれを用意したんだー?」
 
「はぁー、たぶんジール神官長さまかと…、」
 
「あのボケ神官は、人の話を聞いてなかったのか! ……こんな衣装じ
 
ゃ目だってしょうがない。 タリシャン、逃亡計画がバレないように今
 
はこれをおとなしく着ることにするが、神官服でなくてもいいから普
 
通の庶民服、できればズボンで動きやすいものを用意できるか?」
 
「あ、はい! ご用意できます。」
 
「そうか、じゃぁ頼んだよ。 お金を貰ったら城下へ繰り出すつもりだ
 
から、君にはその時、いくらか資金を渡すつもりだ。 わたしが思いつ
 
かないもので他に逃亡に必要な物があったら君の判断に任すから買い
 
揃えてどこかへ隠しておいてくれないか?」
 
「はい!仰せの通りに致します!!」
 
 
   *** ***
 
 
森羅は、着替えを済ませようと浴室に豪華な白の服と下着を持って
 
入った。
 
浴室に入って泡々が出てきても濡れる心配は無いし、衣装や靴も殺菌
 
してくれるのが何よりありがたかった。
 
フンドシだったらどうしようと思っていたが、下着はステテコをもう
 
少し細くした感じで、丈も太ももの真ん中辺りの長さ、そして、服と
 
同様の白いシルクのような生地でできていた。
 
肌触りはいいのだが、わたしには無用の社会の窓が前に付いているの
 
を見て、異世界でも発想は同じなんだと思いながら、何となくこれだ
 
けでは心もとない気がしたので、この世界の白ステテコパンツの上か
 
ら真っ赤なヘビ柄トランクスを履き、コルセットはそのままにした。
 
 
縫い散りばめられた真珠が重そうだし、長衣の丈がくるぶし近くまで
 
あるので動き辛くて転んでしまわないかと心配したが、実際に着てみ
 
ると驚くほど軽くて、横にあるスリットが深いことと、体のサイズを
 
測った覚えもないのに全てがジャストフィットという自分ぴったりの
 
大きさ、長さだったので、動きの妨げにもならず、豪華さや派手さを
 
除けば十分満足の行く衣装だった。
 
 
   *** ***
 
 
 真っ先に森羅が着替えた姿を見たタリシャンは、うっとりした表情
 
で、「とてもよくお似合いで…本当にお美しいです!」と、手放しで褒
 
めてくれた。
 
「でも、白だから汚さないかちょっと心配だな。」
 
「シンラさま、フラン副神官さまの衣装を御覧になられたでしょう?」
 
「あっ、そうだったな! 入浴すれば済むんだった。じゃぁ、多少汚し
 
ても心配することないし、ちょっと散歩にでも出かけようか?」
 
「あの……、この部屋から勝手に出てはいけないと…、」
 
「どうせ石頭のツルピカ親父が言ったんだろー!」
 
「石頭のツルピカ親父…? どなたのことでしょうか?」
 
タリシャンが不思議そうに質問をしたと同時に、別の声が割り込んで
 
きた。
 
 
「わたしも知りたいですね。 石頭のツルピカ親父とは一体誰のことを
 
指しているのか? シンラ、まさかとは思いますが、わたしのことを揶
 
揄して言ったのではないでしょうね…?」
 
 
何、間の悪い時に戻って来るんだ…勿論、あんたのことに決まってる
 
だろー!と、言いたいのは山々だったが、長々と説教じみた小言を聞
 
く羽目になるのは目に見えているので、曖昧に笑って誤魔化した。
 
 
 ジールは、居間の壁にもたれ掛かるように立ち、両腕を組んだ格好
 
でこちらをじっと見ていたが、森羅の姿をよく見ようと近くまで寄っ
 
てきた。
 
それから、頭の先から爪先まで視線を二往復させると、満足そうに濃
 
紫の眼を細めながら森羅の跳ねてとび出た髪を優しい手付きで撫でつ
 
けた。
 
「髪がもっと長ければ尚、美しいのですが、…あと……もう少し言葉
 
遣いに気を遣って下されば申し分ないのですけどね…。」
 
「長い髪はうっとおしいから嫌いだ! それから忘れているようだけ
 
ど、言葉遣いは相手に合わせて使い分けていると言っただろう。 ……
 
ひょっとして、もうボケたのか?」
 
「あ、あなたは、ひと言もふた言も多いんですよ! 言っておきますが、
 
シュウダシャールの伝統と格式に則った礼儀作法、それから他にもい
 
くつか身につけて頂かないといけないことがありますので、明日から
 
は何人かの先生に就いて貰い、しっかり学んで頂きますから!」
 
「そんなもん必要ない! わたしは明日からこの国の視察に回る予定
 
だから、百二十万ベロン用意しとけよ!!」
 
 
森羅は、呆れたように目を見開き絶句しているジールをよそに、さっ
 
さと長椅子の方へ歩いて行き、靴を脱いでからその上に上がると、「あ
 
っ、タリシャン、悪いんだけど向こうにある枕を一つ持って来てー!」
 
そう言ってごろりと横になった。
 



back top next
 
inserted by FC2 system