45.鬼監督
 
 
 森羅は、タリシャンが持ってきてくれた枕をして仰向けになると、
 
お腹の上で両手を組み目を閉じた。
 
しばらく呆然としたまま森羅の行動を黙って見ていたジールは、呆れ
 
たように首を左右に振りながら溜息を吐くと、森羅が寝そべった頭の
 
近くに一人掛けの椅子を運び、腰を下ろした。
 
「シンラ、眠りたいのであれば寝台で横になられたらどうです。 それ
 
は椅子であって横になるものではありませんし、その姿は……あまり
 
にも行儀がよろしくないのでは…?」
 
「やっぱり思った通りだな。」
 
「は?」
 
森羅は面倒くさそうに長椅子から身を起こし、枕を抱えジールに向き
 
直った。
 
「いや、行儀に関してきっちりとした意見を持っているのは、ジール
 
らしいと思って感心していたんだ……。」
 
(自分の予想がぴったりだとな!)
 
「わたしらしいとは、どのようにですか? どうせ良くない意味です
 
よね…。」
 
「どうしてそう悲観的なんだー? もっとポジティブに…プラス思考
 
の……要するにだ、明るく前向きに物事を考えられないんだー? わた
 
しは、ジールを几帳面で責任感の強い、立派な人……だと感心してい
 
たんだ。」
 
「……す、すみません…」
 
 
(“嘘も方便”…それに“知らぬが仏”……案外、単純で素直なハデ
 
ラーだな!)
 
〔――わからないぞ、ジールも食わせ者だから侮ると痛い目に遭うか
 
らな! 所で、ハデラーって何のことだー?〕
 
(ハデラーか、ど派手な外見…そのまんまの意味!シマラー、マヨラ
 
ー、シャネラー最近では、モモラーとかあっただろ、その中になかっ
 
たか?)
 
〔――知らん! それより、君はジールのような美しい男は今でも好き
 
じゃないのか?〕
 
(何を今さら、わたしが美形嫌いなのはよく知ってるだろー!)
 
〔――いや、……あれはもう遠い過去になったんじゃないのか? ここ
 
に来てから君はよく喋るようになったし、平気で彼らに触れたり反対
 
に触れられても平気な顔をしてるじゃないか!〕
 
(……なぁ、よく理解できないんだけど、わたしと君は元々一つじゃ
 
ないのか? それを他人行儀に質問責めされても、一々説明しなくても
 
わたしの心はお見通しじゃなかったのか?)
 
〔―― ぅん………そうだな、…悪かった…ジールがじっと見てるぞ。〕
 
(なぁ……何か、調子でも悪いのか? また、後でゆっくり話そう。)
 
 
   *** ***
 
 
神妙な顔で佇むジールに意識を戻してみれば、頬の辺りが薄っすら
 
赤くなっており、本当に申し訳なさそうにしていたが、それだけで
 
はないようだ。
 
もしかして、几帳面で責任感の強い立派な人だと褒められたことが照
 
れくさいのか?…これだけ、ど派手な美形にも関わらず褒められるこ
 
とに慣れてないのが不思議だけど、外見と違って中身はやはりお堅い
 
童貞君か? ふーん……これは、いい! 褒め殺しに効果あり!と見た。
 
ジールの操縦方法は、“飴と鞭”だな……。
 
 
ジールは目の前の森羅を見つめていたが、自分を見つめるこげ茶色
 
の瞳は、いつもの温かくキラキラとしたものではなく、物をみるよう
 
な眼差しだった。
 
相当彼を怒らせたのか心配になってもう一度謝罪の言葉を発した。
 
 
「シンラ、本当にすみません。 短慮なわたしを許して下さい…」
 
「ジール、別に謝らなくても…わかればいいんだ。 それより、戻って
 
来るのが早かったな。 もう仕事は済んだのか?」
 
「いえ、まだ山ほど仕事はあるのですが、先にシンラの夕食の監督と
 
明日からの予定についてお話ししようかと思いまして。」
 
「夕食の監督!? 何のことだ?」
 
「はい、昼前に祖父のセイントが来たと思いますが……、」
 
「あぁ、じいのことだな。 来たけど、それが?」
 
「祖父が侍医なのはもうご存知ですよね?」
 
「勿論、知っているぞ。 八十二歳で現役のじいだなんて、結構、がん
 
ばってるよな! でも、仕事を取り上げるのは申し訳ないけど、わたし
 
にじいは必要ないし、タリシャンで十分間に合っているから、ジール
 
もお爺ちゃんをもっと大切にしてあげないと……じいには定年という
 
か引退はないのか?」
 
「シンラ、祖父のことをお気使い頂きありがとうございます。 祖父は
 
仕事を愛しておりますし、国王陛下の侍医としても、またこの国の医
 
師としても右に並ぶ者がまだおりませんので、死ぬまで自分の知識を
 
伝えて行くのが使命だと申しております。 だから、引退の意思はない
 
ようです。」
 
「国王陛下のじい…この国のいし? …石?石頭の石じゃないよな?」
 
「はぁ? 医師とは医者のことですが、……そのご様子からすると、
 
何か考え違いをしておいででしたね?」
 
「いや、ハハハハ…、勿論、じいが医者で、すごくがんばっているの
 
は判っていたぞ。 ジール、変な勘ぐりはよせ! それより監督って何
 
のことを言ってるんだ?」
 
「あぁ、それは、祖父がシンラを診察した結果、お身体の成長が思わ
 
しくないと判明した模様でして、今晩から貴方が好き嫌いをなさらず
 
出されたものを全部食するように、監督を任された次第です。」
 
「そ、そんな必要ないから………」
 
「何かご不満でも? いえ、たとえご不満があろうとも、このことは国
 
王陛下直々のご命令でもありますから、それに何と申しましても全て
 
は……シンラ、『貴方の為 』です! 決定は覆りませんので悪しからず
 
ご容赦願います!! それから、明日からは先ほども申しましたように
 
舞踏会に備えてのダンスの習得と最低限の礼儀作法を学んで頂きます。
 
貴方が仰った視察に関してですが、学ぶべきことを学び終えられた後
 
でしたら、日程に入れてもよいかと存じます。 あっ、百二十万ベロン
 
のことですが、それも国王陛下からの許可は頂きましたので、お渡し
 
するのも……シンラ、貴方の頑張り次第ということで、何かご質問
 
は?」
 
「そんな……殺生な…、」
 
「は? 何か仰いましたか? 無いですね。」
 
ジールは、森羅に口を挟ませないように一気に話を終え、続けてタリ
 
シャンに夕食の準備を整えるように言うと、何故か嬉しそうに笑って
 
いた。
 
 
ジールは、冷たい目をして自分を見た森羅が、柔らかい眼差しで言葉
 
を返してくれたのが嬉しかったのだが、そんな彼の気持ちも知らずに
 
森羅は、心の中で相方に疑問をぶつけていた。
 
 
(ジールの奴、何か、活き活きしてないかー?)
 
〔――君が彼を苛めて遊ぶから…報復を考えてたんじゃないのか?〕
 
(えっ?! 報復?) 
 
〔――そうだと思うぞ、あまりジールをからかったりするのは止めた
 
方がいい……それから、親しくなり過ぎても後で傷つくのは君だから、
 
僕たちはここでは異端者であり、異邦人だということを忘れないよう
 
にな……僕は、君を助ける手も体も持ってない………これ以上、心配
 
させないでくれ………、〕
 
(うん…わかったよ……ごめんな…、)
 
 
   *** ***
 
 
今晩の夕食は、色とりどりの豆の入ったスープとローストビーフの
 
ような赤っぽい肉と見た目焼き鳥のような串に刺されたもの、それか
 
ら木の実が載った野菜サラダにハイジの白パンとイチゴの形をしてい
 
るが色はオレンジの見たことのないたぶんフルーツ?……料理の種類
 
はこんなものかもしれないけど、その量が半端なく多い。
 
 
「ジール、これってジールやタリシャンも一緒に食べるんだよな?」
 
「いえ、シンラお一人の為に用意されたものです。」
 
「ム、ムリだ!! 到底無理だ。こんなにも食べれないし、無理やり食
 
べさそうとしても吐くかお腹を壊すだけだ。冗談じゃないぞ!」
 
「仕方ありませんね…では、百歩譲って、健康ジュースだけでも全部
 
飲んで頂きましょうか…?」
 
「健康ジュース? もしかして、“リガロ”じゃないだろうな……?」
 
「はい、リガロではなく“リガロニア”です。タリシャン、持ってき
 
てくれ!」
 
 
   *** ***
 
 
“リガロニア”は、緑色ではなく半透明の赤いトマトジュースのよう
 
な色をしており、森羅は用心の為にまず匂いを嗅ぎ、カメムシの臭い
 
が無いのを確認した後、ひとくちだけ口に含んでみたが、特別な味は
 
皆無で、可もなく不可もなくというか、水のようだったので、これな
 
らいけると食事を摂りながら飲んだ。
 
更に味付けが辛かったことも手伝って、おかわりまでしてしまい、結
 
局、グラスに3杯もの“リガロニア”を飲むことになった。
 
 
「あー、もう満腹のポンポコリンのダブダブだ…もうこれ以上は食べ
 
れない。」
 
 
 食事する森羅を黙って見ていたジールは、作戦が巧く行ったことと、
 
“リガロニア”の臭いと味を消すのに使った自分の分解魔法が間違っ
 
ていなかったことを喜びたいのを我慢し、わざと冷めた口調で言った。
 
「もう食べれないのですか…仕方ないですねー、“リガロニア”で、
 
少しは栄養を補えたでしょうから、今日の所はこれで食事を終えても
 
いいですよ。でも、明日の朝はもっと沢山、召し上がって頂きますか
 
らね!」
 



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