5.事後承諾
 
 
隠れる場所も無いまま右往左往している間に、次々と白い集団と
 
王様らしき人物が、わたしの居るひな壇のすぐ下、舞台の上まで
 
上がって来た。
 
それを目にして、咄嗟に玉座の背後にしがみつくようにして縞模様
 
の蛇を隠したが、彼らはどんどんこちらに近づいて来る。
 
 
(こっちに来るなーー!! …… もう、駄目、死ぬ!)
 
〔――いやっ、もうおまえは・・・、もう死んでる!〕
 
 
 心の中では、羞恥と恐怖が一斉に叫び出したのだが、実際は一声も
 
出せないまま成り行きを諦観するしかなかった。
 
今のわたしは、挙動不審者のように目を白黒させ、顔面引き攣りまく
 
りに違いない…鏡を見なくたってわかる。
 
本当は、こんな場合、笑顔のひとつでも浮かべてスマートな対応が
 
できたらいいんだけど、わたしは元々、愛想のいい人間じゃないし、
 
ましてや流暢にコミュニケーションを交わすこともできない不器用
 
で無口な人間なのだ。
 
 
〔――何、落ち込んでるんだ?〕
 
(いや、何か、自分が情けなくって……)
 
〔――もう、死んだんだから、これ以上悪いことなんて起きるはずない
 
し、たとえ起きたとしても何とかなるもんだ、それに自分が死にたくて
 
死んだんじゃないしな!〕
 
(そうだった……ここに居ること事態が不可抗力なんだ!)
 
 
相方の言葉にあっさりと勇気づけられたわたしは、単純なことに段々
 
腹が立ってきて……諦め半分、意地半分……黙って腹を括ると、日本人
 
の大和魂を嘗めるなよー!っと、微かに震える体を真っ直ぐに伸ばし、
 
近づいて来たお偉いさんらしき人たちを力いっぱい睨みつけてやった。
 
 
   *** ***
 
 
  白い長衣の一団は、思ったよりも近づいては来ず、何となく姿が見
 
えるくらいの少し離れた場所で立ち止まったので、ほっとした。
 
 
 
それからその集団は、玉座の上から見下ろすわたしに向かう形で一斉に
 
跪き平伏したが、ひとりだけ、たぶん王様らしき人物だけは、静かに頭
 
を下げ胸に手を当てたので、礼を取っているのだと何となくわかった。
 
 
〔――挨拶の仕方も、所変われば品変わるって言うのと同じで様々だな、〕
 
(西洋的なんだけど……“昔か!”って感じだなー)
 
 
 次に、その中の真正面辺りにいた白い長衣の男の人……頭が光った、
 
でもツルピカの毛無しの意味ではなくシルバーブロンドと言われる銀髪さん
 
が、跪いたまま、するりするりと前に進み出て言葉を発した。
 
 
(中腰ってキツイんだよな〜、明日あたり、筋肉痛になりそうだな…
 
あのまま、腕を組んだらコサックダンスの始まりって感じ!)
 
〔――ぶっ!…〕
 
(笑っちゃ失礼だぞ!)
 
 
「 ようこそ、御出(おいで)で頂きました。 シュウダシャ―ル国の
 
神事を司る神官長のジール・フッイットーラと申します。どうぞ
 
お見知りおきを……、」
 
俯いたままなので、少しくぐもった声だった。
 
 
「……………」
 
わたしは、勿論無言だ。
 
 
(シュウダシャ―ル?国?聞いたことないなぁー、何を言えばいいんだ?
 
えー、初めまして、今日、死んだ“和木 森羅〈なぎ しんら〉”
 
二十歳どぇーす!よろしく♪ ぅふっ☆って言えばいいのか?)
 
〔――この雰囲気で言えるか? みな顔が笑ってない!〕
 
(びびるよな…人間って、極度に緊張すると、ほんとに顔も体も、
 
声まで固まってしまうものなんだ。)
 
 
心の中ではいつもと同じ調子で、相方とふざけたりもしていたが、
 
実際は何も返事ができないまま無表情の仮面を被り黙っているしか
 
なかった。
 
 
白い服の銀髪さんを盗み見たが、わたしが段上に居るのと彼が下を
 
向いているせいで、頭のてっぺんと、銀色の髪が十二単のように
 
広がっていることしかわからなかった。
 
 
(髪、括(くく)ればいいのにな、自分の足で踏んづけて転んだりしたら、
 
それこそ大笑いの恥さらしっ子だよな、くくくっ…)
 
〔――さっきは笑うなんて失礼だと言ったくせに……“人の振り見て
 
我が振り直せ!“って言葉を思い出……いや、やっぱり自分の姿は記憶の
 
彼方へ追いやっておく方がいいな…〕
 
(白髪と銀髪って、どちらも同じだと思ってたけど、違うもんだな!)
 
〔――白髪は色素が抜けた白だったな、確か…、〕
 
(じゃぁ、銀髪は銀色の色素が詰まってるのか?)
 
〔――よくはわからないけど、それにしても綺麗な髪だな、〕
 
 
艶々でスポットライトもないのに光っており、流れるように真っ直ぐで
 
腰の下辺りまで伸びていた。
 
 
(キューティクルが活き活きって感じ、たぶん、二万も三万もする
 
ストレートパーマをあてたんだろう!!)
 
〔――……んなぁ訳あるか!〕
 
突っ込みが入った所で、銀髪さんは真剣な口調でさらに言葉を続けた。
 
 
「 お怒りのほどは、ご尤もです……………」
 
 
(……別に怒っているつもりも、何も……緊張とびびり捲くりな
 
だけで……)
 
 
「 ……この度の召喚の儀、突然のことで申し訳ございません…
 
どうか寛大なる御心(みこころ)で、お許し頂きますよう謹んで、お願い申し上げ奉ります……。」
 
 
どういう意味なのか考える前に、こちらを見上げてた銀髪さんの
 
顔が目に入った瞬間、何もかもがぶっ飛んでしまった。
 
 
(げっ! な、なっ、何なんだ!! この、ド派手な美形…少女漫画の
 
キラキラお目めに、睫もながァー、上も下もふさふさで、おっ、銀色で
 
はなく…黒っぽい色だぞ!!あっ、そうか……けっけっけっ……、)
 
〔――いやらしいんだってば、その笑い!〕
 
(だって、銀と黒なんてすごいじゃん!)
 
〔――………、〕
 
(この美形銀髪青年くんは………黒なのか!)
 
 
 
………外人さんで毛色の違う人を見たら、ついつい下の色を妄想し
 
てしまうのが、悪い癖で、相方の無言の抗議にもそ知らぬ顔を決め
 
込み色々と想い巡らせていたが、つい可笑しくなって耐え切れず、
 
相方にもう一度話しかけた。
 
 
 
(…銀と黒の組み合わせって、考えたら可笑しくて…ぅっく、くく…
 
笑えて仕方ない、なぁ、澄ましてないで、)
 
〔――まったく、君は…下品…〕
 
(ほらっ、ベルばら!小学生の時、古本屋で立ち読みした!!あの時、
 
もしオスカルとアンドレに子供ができて、その子が大人になったらどう
 
なるんだ?って議論したじゃん!)
 
〔――あぁ、まだその時は知識がなかったから、色々揉めたんだった…〕
 
(1、金色一色 2、黒一色3、右半分金、左半分黒、4、上半分黒、
 
下半分金、5、ごま塩みたいなマダラ……懐かしいなぁー、結局、二人とも
 
答えはわからず仕舞いだったけどな、)
 
〔――でも君は3番だと言い張ってたな…、…!?…どうしてこんな話に
 
なってる? !!!〕
 
 
 
先ほどまで強張り気味だった森羅の顔は、ほんの少し緩み僅かだが
 
頬の笑窪が見え隠れしていた。
 
 
一方、銀髪の神官長ジール・フッイットーラは、森羅の返答をじっと
 
待っていたが、全く口を開く気配のない森羅を縋るような眼差しで見た
 
のに対し、 ジールのシルバーブロンドと黒っぽい睫毛を見て妄想やら
 
過去の思い出に気を取られていた森羅は、彼が言った言葉を全くと言って
 
いいほど聞いていなかったので、返答のしようもなかった。
 
 
 
妄想に浸っていた森羅だが、ふと熱い視線を感じてそちらに目を向けた途端、
 
ずっと森羅を見つめたままの神官長ジール・フッイットーラと眼が合った。
 
 
(……古代紫か江戸紫か?! そんな色の目って在り得ないだろう、普通は
 
……本物か偽者かはわからないけど、とにかく綺麗過ぎる瞳でこっちを見るん
 
じゃない!! 泣きそうな顔で見たって、騙されないぞ!)
 
 
森羅は心の中でそう叫ぶと、目の前の美形男から目をそらし、思いっきり眉を
 
顰めて寒疣(いぼ)の出た自分の腕を撫で始め、相方に訴えた。
 
 
(なぁ、死んでもアレルギー反応って出るみたいだな、これは、あの世でも生
 
前のポリシーは忘れちゃいけないってことなんだ…)
 
〔――あぁ、あれか?……『男の美形、即ちイケメン、イコール=危険人物!
 
お断り!近づくな!関わりあうな!わたしゃ、平凡が一番!』だったな!〕
 
(うん、それそれ、座右の銘として清く美しく二十年間生きて来たんだ、)
 
〔――生まれてすぐに座右の銘なんて考えつくものなのか!?〕
 
(じゃぁ、言い直す!…イチイチ煩いんだから……あんたは、わたしの強迫観
 
念かもしれないな……それで、話は戻るけど、あれは確か…正確には中学
 
に入ってすぐだから…七年前に考えたことだな、どこに行っても美形って奴は
 
うざったらしい…まったく!)
 
 森羅が美形にアレルギー反応をを起こし生理的にも受付けなくなった
 
理由(わけ)には、深くて長い一身上の事情があるのだが、今は思い出し
 
ている時でも場合でもないので相方もこの話はそのままスルーしたようだ。
 
そして、森羅に不機嫌な顔でそっぽを向かれた神官長ジール・フッイットーラ
 
は、すごすごと自分の元居た場所へ下がって行った。
 
 
   *** ***
 
 
 神官長ジール・フッイットーラの後に進み出てきた男は、顔を背けた
 
ままの森羅の前に来ると跪き頭を一度下げてから、次に視線が森羅に届く
 
ように心持ち顔を上にして、話し始めた。
 
「 わたしくしは、副神官のフラン・ソッフォームと申します。」
 
 
元来、好奇心だけは旺盛で、野次馬根性も人並み以上ある森羅は、先ほ
 
どとは違った声が聞こえた瞬間、その声の主を見てみたいと思った。
 
そこで、うずうずする気持ちを満足させる為に、背けたままの顔をほんの
 
少し動かし、目標物を眼の端に捉えたところで、ちらりと横目の視線を向け、
 
副神官とやらを観察することに成功した。
 
 
涼しげな水色の瞳に亜麻色の髪……白い飾り紐のようなもので、これまた
 
銀髪さんと同様、腰まであろうか長髪をひとつに結わえ、顔の周りに落ちた
 
ほつれ毛を細長い指でかき上げると、一瞬うっとおしそうに顔を顰めたのが
 
見えた。
 
さっきの銀髪さんのような派手さはないが、清潔感漂うフェロモン系の
 
美形青年だった。
 
 
一通り見終わった森羅は、副神官のフラン・ソッフォームの容貌について、
 
心の中で信じられない悪態を吐いていた。
 
 
(何だー、すっきりとした爽やかさが自慢か?さっきからどいつもこいつも、
 
お綺麗な顔さらしやがって、わたしに喧嘩を売ってるのかと疑いたくなる!
 
益々、嫌なのが顔に出てしまってるかもなっ!)
 
 
森羅は、顔を斜め横に向けていたはずなのにいつの間にか、正面を向き、
 
本人が思った以上に冷たく厳しい目つきで、フランを嫌そうに見据えていた。
 
森羅の冷ややかな眼差しを受けたフランは、焦ったような表情になり、一層
 
力を込め必死に訴えていた。
 
 
「………重ねて申し上げます………何のお断りも前触れもないままの突然
 
のわたくしどもの召喚の儀に、御気分を害していらっしゃることは、重々承知
 
致しておりますが、何卒、お許しを……平に…平に、ご容赦の程を……。」
 
フランはそう言うと平身低頭、カーペットを敷いた床に額を擦(こす)り付けんばか
 
りの勢いで、今度は土下座状態に入って行った。
 
 
   *** ***
 
 
 フランの話を初めて真面目に耳に入れた森羅は、慌てて相方に確認する
 
ように呼びかけた。
 
( なぁ、今、召喚って言ったよな? )
 
〔――うん、そう聞こえた…でも、召喚だとすれば、ここはあの世じゃな
 
いということだな…〕
 
(じゃぁ、どこなんだ?)
 
〔――たぶん異世界だな…〕
 
(そんなことってあり!?リアルまじー? 疲れるよな…もっと早く言ってくれ
 
ればいいのに…)
 
〔――でも、死んでなくて良かったじゃないか、〕
 
(ん……ん…、ん…、ん…、)
 
〔――何、唸ってるんだ?〕
 
(おい、暢気に安心してる場合か!人に断り無く勝手に…、イコール、無断
 
で…、これはれっきとした犯罪行為だぞーー!!)
 
〔――それはそうだけど……でも、〕
 
 
森羅は、相方の言葉を打ち切り、鼻息荒くフランを睨みつけた。
 
 
――――『 はぁーーーあ?! もう一度言ってみな! 無断召喚?
 
それって、誘拐やんけ!!! Shit! I hate you Fuck you! 』
 
 
(こんなふうに、中指立てて言えたら気持ちもすっきりするんだろう
 
けど、でも、せっかく助かった命、ここでまた失うのも癪だし、我慢しな
 
いとな……、それに何たって多勢に無勢、わたしに勝ち目は最初から
 
無いもんな、とほほ…)
 
 
結局、森羅は、怒りの言葉を吐くこともなく、文句のひとつも言えず、
 
フランをぎろりと睨むことしかできなかった……。
 
 
 

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