50.ダンスの時間 A
 
 
「タリシャン、ちょっと聞くけど、君はどう思う?」
 
「は?」
 
「だからー、君もあそこをおっ立てて踊るのかー?!」
 
「はい、い、いえ…あ、あの、…僕は舞踏会で女性と踊ったことがありま
 
せんので、何とも……。」
 
「そうなんだ、じゃぁ、今度はわたしと一緒に出て、女の子と一度踊って
 
みたらいいんだ。 それからまた結果を聞くからな!」
 
「シンラさま、僕は従者ですから舞踏会に参加することはできません。」
 
「まぁ、まぁ、心配するな! わたしは君が立つかどうか知りたいだけだ
 
から、そんなに形式ばって考えなくていいぞ!あっ、あとジールも出るの
 
かな?」
 
「あぁ、神官長だからな。 本人はいつも厭々だけど、あれで結構女性に
 
人気があるから、舞踏会では特に気を張ってるというか人を寄せ付けな
 
い強面の仏頂面で踊るんだぜ!」
 
「へぇー、そうなのか、じゃ、ジールはフランの様なチンチン男じゃない
 
んだ。」
 
「チ、チンチン男、やめてくれ、そ、そんなあだ名が広まりでもしたら…
 
死んだ方がましだ。 そ、それに俺のことを軽蔑したような目で見るけど、
 
俺だけが特別な、そのチンチン男って訳じゃないぞー! ジールだって、
 
俺よりもでっかい物のついた、ただのチンチン男に変わり無いんだか
 
ら!!」
 
「……わかった、わかった、そんな泣きそうな顔して、ちんぶらだけは大
 
人でも中身はまだまだのお子ちゃまだな、……チンチン男のことは秘密に
 
しておいてやるから。 じゃ、舞踏会では、ジールとタリシャンとフラン、
 
この三人の股間観察を課題にしてっと、もう、ダンスはこれで終わりか?」
 
「いやっ、まだある!……何か、納得できないけど…まぁ、いいか、えー、
 
それじゃ、最後のひとつ、“愛が生まれるかも”が舞踏会の目玉だ。これ
 
は、俺の得意中の得意だからシンラ、よく見てくれよ!タリシャン、始め
 
ようか?」
 
「はい、」
 
 
 フランの紡いだ短い呪文の後に聞こえてきた音楽は、ショパンの『華麗
 
なる大円舞曲』だった。
 
 
(ショパンって…ポーランド人だよな。)
 
〔――ここまで、知ってる曲ばかりとは…この世界ではいったい誰が作曲
 
したことになっているのか聞いてみた方がいいな。〕
 
(そうだな。後で、フランにでも聞いてみる。)
 
 
   *** ***
 
 
 ショパンの『華麗なる大円舞曲』にのってフランとタリシャンが踊った
 
のは、ウインナー・ワルツだった。
 
自分で得意だと言うだけあって背筋をぴんと張った姿勢が崩れず、長い
 
脚でタリシャンをリードするフランは、優雅で美しい。
 
クルクルと回転しながらフロアを舞う二人の姿は、華麗の一言につきるん
 
じゃないだろうか。
 
 
 
――――踊り終えた二人がこちらへ戻って来た。
 
 
「お疲れさん! タリシャン、すごく良かったよ!! まるで青い蝶々がお
 
花畑を飛んでいるようで可愛かった! 最高!!」
 
「そ、そうですか…ありがとうございます。」
 
「シンラ、俺はどうだったー?」
 
「良かった。」
 
「………なぁ、シンラは俺が嫌いなのか…?」
 
「別に。」
 
「なら、なんでそんなに冷たいんだ! タリシャンばっかり褒めて俺には
 
何にも言ってくれないなんて、酷過ぎる…。」
 
「もぉー!! いちいち煩いヤツだなー!わたしが褒めた所で何が変わる
 
んだー? そもそも女好きのフランは女しか眼中に無いんだろう? なら、
 
男の褒め言葉なんか欲しがるなよ! 気持ち悪い!!」
 
「う、うー、……だ、だって……、」
 
森羅はキツイ眼差しでフランを睨み付けていたのだが、とうとうフランは
 
俯いてしまい、タリシャンはそんな二人を交互に見ておろおろしている。
 
微妙な空気の流れる中、突然壁の鏡が光り眩しくて目が眩んだ。
 
 
   *** ***
 
 
鏡の中から出て来たのは、国王ダーナと執事のヴァローズ、それから近
 
衛騎士団長のエルロスとジールの四人だった。
 
真っ先に森羅を射抜くように見た国王は、光沢のある黒いシャツに臙脂
 
色の短めのマント、それから黒いブーツに同じく黒のズボンをその中に折
 
り込んでいるので、長い足ともっこりが強調されている。
 
どうしてあんな薄い生地のそれも体にフィットしたズボンを穿くんだろ
 
う?
 
そこまでして自分が男だということを強調したいのだろうか…?
 
もっこりから、ず、ず、ずと視線を上げた途端、あるはずのないものが目
 
に入った!
 
 
(隊長!ひ、ひ、髭、黒髭があります!!)
 
〔―― ……〕
 
(罠をかけたはずなのに…隊長!)
 
〔―― ……〕
 
(これでは、盗聴の有無がわかりません!ひょっとして……隊長のたてた
 
作戦は、失敗なのでしょうか?!)
 
〔――そんなことない!!忙しくて剃る暇が無かったのかもしれない。〕
 
(へぇー、そうですかねー……?)
 
〔―― ……〕
 
 
 
「シンラ、シンラ!」
 
突然肩を叩かれたので、はっと気付いたら目の前に怪訝そうな顔をした
 
ジールが立っていた。
 
「あぁ、ジールか…、」
 
「シンラ、顔色が良くないようですが、大丈夫ですか?」
 
「うん…、」
 
心配そうなジールを目だけで後ろに下がらせた国王ダーナが、長椅子の
 
前に立ってじっと森羅を見下ろしていた。
 
何か喋ればいいのに、無言でこっちを見られても…あっ、もしかして椅子
 
をよこせってことかー?
 
森羅は慌てて椅子から立ち上がり、タリシャンが居るピアノの横へ行こう
 
としたが、咄嗟に腕を捕まれそのまま引き寄せられてしまった。
 
 
「何故……逃げる?……シンラ…わたしが怖いか?」
 
「別に、逃げてませんから。 それに怖くもないし、…普通です!」
 
 
何なんだ?! 機嫌が悪そうだし、もしかして疲れてるのかな?
 
それにしてもこの形……190センチ以上はあると思われるダーナの胸
 
に寄りかかるようにして腕の中に閉じ込められている…わたしは大木に
 
止まるセミかカブトムシか?!と、突っ込みたい所だが、何となく空気が
 
重い。
 
ちらりと下から見上げて見えた国王ダーナの顔は、ぶすっとした表情を隠
 
そうともせず、口も尖がり気味で…はっきり言って目が笑っていないし、
 
冷え冷えとした美貌の顔がものすごく陰険で黒い。
 
 
(もしかして、盗聴確認作戦でダーナを虚仮下ろしたせいか…?)
 
〔――タリシャンの言う通り、ダーナが聞いていたのかもしれない。〕
 
(でも、それならどうして髭を剃らないんだー?)
 
〔――髭に思い入れがあるのか…男の意地かもしれない。〕
 
(そうか……ちょっと機嫌をとっておくか!)
 
 
 
「あのー、ダーナ、椅子に座って下さい。…ここは、年長者のあなたが座
 
るのが当然で…わたしは若いし立っていても平気なので席を譲りますか
 
ら…。」
 
「ほぉ…年長者とは?……年寄り扱いか……」
 
「えっ、別にそんな意味では…、」
 
「ヴァローズ! ここは、おまえが座るべきだ……。」
 
 
ダーナの後ろに控えていたヴァローズは、今日も背中の中程まである長
 
い茶色の髪を固めの三つ編みに、灰色のマオカラーのチュニックに黒い
 
ズボン、膝まである黒いブーツを履いていた。
 
彼は、少し眉を顰めたが素直に頷いて長椅子の方へ歩き出した。
 
 
森羅は、ダーナの腕をはずそうとしたが、まったくびくともしないので仕
 
方なく体をひねってヴァローズの様子を目で追いかけた。
 
彼は国王の指令に応じてゆっくりと椅子に腰掛けたのだが、心の内では
 
納得していないのがまるわかりで、妙に動作が緩慢だ。
 
「ヴァローズさん、ヴァローズさんは十分若いし、お年寄りじゃありませ
 
んから。…まだ、ヴァローズさんは、三十歳位ですよね!?」
 
「「 ハハハハ……… 」」
 
エルロスとフランが同時に笑い出し、ジールも苦笑していた。
 
気を利かせて言ったつもりが、もしかして墓穴を掘ったのかー?
 
 
「シンラ殿、わたくしのことはヴァローズとお呼び下さい。それからわた
 
くしは、老けて見られるようですが、国王陛下より一ヶ月だけ上の二十六
 
です。」
 
「 えっ! えー、えーっと…随分、貫禄がおありで……。」
 
怜悧な輝きを秘めた少し薄い茶色の瞳を見返すと、怒っているのかと不
 
安になったが、よく見ると怒るというより傷ついたのかもしれないと思っ
 
た。
 
 
「ヴァローズ、わたしは視力があまり良くないので、……見間違いという
 
か…錯覚していたんです。 実際、近くでよく見るとヴァローズは、お肌
 
にハリとツヤがあるし、もしかすると国王より若く見える。うん!そう、
 
そう!」
 
「シンラ殿、わたくしを励ましてくれているようですが、黒い瞳に焼き殺
 
されそうなので、もうそれ以上仰いますな。 貴方の誠意は十分伝わりま
 
したから、ありがとうございます。 それに、子どもの貴方から見れば、
 
二十四も二十六も、そして三十とて全て同じ、それほど差異はないもので
 
すから。 わたくしのことは、どうかお気になさいますな。」
 
「そ、そうかー? いっ、痛い!……何するんだ! 暴力反対!!」
 
国王ダーナは、後ろを振り向く形で長椅子に座るヴァローズの方を見て
 
いた森羅の後頭部に大きな手を置くと、強制的に正面を見るように押さえ
 
つけ、力の加減が間違っているんじゃないかと思う程きつく抱き締めてき
 
た。
 
「ヴァローズのことはもうよい!!それと…力尽くはわたしも好きじゃ
 
ない…………しかし…力は手綱を締めるには……必要ゆえ…じゃじゃ馬
 
には特にな。」
 
 
――――じゃじゃ馬?ってか、それを言う時だけ何で耳元で囁き声になる
 
んだー!? それに笑顔でそっと抱いているように見せかけ、拷問のよう
 
に締め上げるのは反則じゃないか! 誰もわたしが痛い思いをしているこ
 
とに気付いていない…。
 
 
「あ、あのー、国王陛下、もう放して貰えませんか? 痛いのですが…、」
 
「…ダーナ、お願い……と、……言えば……放すかも…?」
 
 
何なんだー!! サド侯爵かー!? 誰がお願いなんか言うもんか!!
 



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