56.不協和音
 
 
 自分の正当性を訴えた森羅は、ジールとフランがてっきり同調してくれ
 
るものと思っていたのだが、彼らの口から出てきたのは予想に反して
 
森羅を責める言葉であった。
 
 
「シンラ、貴方は何ていうことをしたのですか? はぁ…あの方の髭を飛
 
ばすなんて……、わたしもあの時、国王陛下が躊躇なく凍結魔術を遣わ
 
れたことを疑問に感じていたのです…戦時下でもなく、ましてや敵でも
 
ないのに…、それに、陛下はわたしにずっと背を向けられていたので
 
気付きませんでしたが、髭が無かったからですね……これでわかりました
 
…陛下が、お怒りになるのも仕方なかったと思います。 シンラ、知らなか
 
ったとはいえ、貴方が悪い。」
 
「俺も陛下がシンラに叩かれてからは、もっぱら…激しい口づけに気を
 
取られていたんで、髭が無いことには気付かなかったな。 漸く、陛下
 
の怒った理由がわかった訳だけど、シンラ、ジールが言うのも最もだ。
 
国王陛下を殴って、おまけに髭まで…命があっただけでも良かったんだ、
 
下手したらあのまま死んでたぞ。 聖者の恩恵に与(あずか)る俺たちが、
 
言うべきことではないかもしれないが、国王はこの国の存続にも、あまり
 
重きを置いていないと言うか…生への執着が無い方だ。 だから聖者だ
 
からと言って何をしても許される訳ではないんだ。 国王の陰の部分に踏
 
み込まないように……優しげな顔をしてるけど、本当は冷酷で容赦ない
 
から気をつけろよ!」
 
「フラン・ソッフォーム!! 何を言うんだ! 血迷ったのか!? 口を慎
 
め!!」
 
「俺は誰も口にはしないが、ありのままの真実、本当のことを言っただけ
 
だ! シンラのことを守る為にもこれは必要なことだ。」
 
「フラン、おまえには国王陛下を敬う気持ちがないのか? あの方の辛苦
 
を舐めるような十年を忘れたとは言わせないぞ! おまえもシンラも、も
 
う少し、国王陛下に対して礼儀をわきまえるべきだ!! 」
 
「ジール、フラン、喧嘩は止めてくれ!! わたしは、ダーナに何があった
 
のか知らないし、彼の抱える闇も、過去に負った傷が未だに閉じること
 
なく血を流していたことも知らなかったしわからなかった。でも、他人(ひと)
 
傷口に塩をすり込むような心無い人間では無いつもりだ。 この部屋に
 
閉じ込めて外の世界も見せない、触れてはいけない、タブーについて
 
も聞かせない、それで一方的にわたしが悪いと決め付ける! ジール、
 
わたしは、《 神 》じゃない! ただの人間なんだ! 聖者とか、何とか
 
言いながら、結局は、信用もされてなかったんだな…、 もう、出て行って
 
くれ、それから、わたしの前に二度と顔を出さないでくれ、二人とも! …
 
…不敬罪だと言うんなら縛り首でも獄門打首にでも十字架に磔の刑
 
でも何でも勝手にしたらいいだろう!?」
 
森羅は静かにそう言うと、黒髭を地面に捨て置き、ごろりと横向きに
 
寝転がって、ジールとフランに背をむけたまま知らん顔を決め込んだ。
 
 
 
ジールは、じっと考え込んだ様子で腕を組んだまま森羅の後頭部を
 
見つめ、タリシャンは、おろおろと縋る様な眼差しを交互に向けて来る。
 
堪りかねたフランは、タリシャンの青い頭をぽんと叩いてから森羅とジー
 
ルに声をかけた。
 
 
「おい、シンラ、拗ねんなよ! 確かに俺たちが悪かった、でも、俺は、
 
シンラが聖者であってもなくても、おまえが好きだ……男色の趣味は無い
 
んだけど、相手がシンラなら俺はおまえを愛せる、ジールが何て言おう
 
と、本気になる自信があるぜ、……まだ子どものおまえには、意味が
 
わからんかもしれんがな。 この髭を国王の所へ届けて来るから、ジー
 
ル、シンラに事情を話してやれよ。 何も知らないのに、おまえが悪いって
 
責められたら、やっぱり腹も立つわな、……じゃぁ、よろしく。」
 
フランはそれだけを言うと、森羅が置いた国王の黒髭を拾い上げて
 
浴室を出て行った。
 
 
   *** ***
 
 
ダーナの髭に何かの事情があるのはわかったが、理由も明かさず
 
一方的に悪者扱いされて、森羅の怒りは頂点に達していたので、フラン
 
の告白めいた言葉を耳にしても何も感じなかったというか、意味がわか
 
らなかった。
 
だが…、森羅以外のジールとタリシャンには、フランが本気で言ったと
 
いうことも、彼が性別を超えたところで確かに森羅を愛し始めていること
 
を確信したのだった。
 
 
 
(隊長!! 所詮、わたしたちはよそ者だということです!こんな所には、
 
もう一分、一秒でも居たくない、でも、一文無しじゃ……お金をもらった
 
ら、すぐに、ずらかりましょう!)
 
〔――そうだな、聖者である以外には利用価値がないような扱い、君がこ
 
れ以上、傷つけられたりするのは僕も我慢ならない!それと、お金のこと
 
だけど、本当に用意してくれるかどうか怪しいぞ。 今日のことが無かっ
 
たとしても、国王も、ジールも、信用できない。〕
 
(そうですね…話し合うのはまた後でいいですか…ふぁーぁ、欠伸が出て
 
しょうがない、眠たくて…、)
 
〔――疲れただろう、もうおやすみ。〕
 
 
   *** ***
 
 
フランはああ言ったものの、国王の事情を話したところで森羅の機嫌が
 
良くなるものではないことがジールには分かっていた。
 
―――無用な一言で、シンラを傷つけてしまった。
 
自分を拒絶したシンラの言葉がこれ程、胸に応えるとは……、華奢で小さ
 
な体を精一杯大きく見せて、強がる様を目にし、わたしが守ってやろうと
 
誓ったところなのに…もう屈託無い笑顔は見せてもらえないのか?
 
こんなに近くに居るのにシンラの心は遠い、そう思うと切なくて胸が張り
 
裂けそうになった。
 
まだ日も浅いというのに、シンラを拠り所にしていたのは、わたしの方だ。
 
無邪気な笑顔とは裏腹の大人びた言動でわたしを翻弄する…怒ったふり
 
をしながらも、シンラの望み通りに何でもしてやりたいと思う自分がいた。
 
わたしを慕って、好きだと言って欲しかった…フランのようにはシンラを
 
愛せないが、わたしの存在をを…拒絶しないで欲しい……。
 
 
 
ジールは、愚かな自分を恥じるように森羅の後ろに跪き、許しが得られる
 
よう祈りながら言葉を紡いだ。
 
「シンラ、すみません、何も知らない貴方を一方的に責めてしまって、わ
 
たしも気が動転して、でも、貴方を傷付けてよい理由にはなりませんが、
 
今は、後悔して居ります……シンラ、アイム、ソーリー、ヒゲ、ソーリー
 
……申し訳ありませんでした。」
 
 
ジールは跪いて頭を下げたまま、許してもらえるまで、ずっとこうして待
 
とうと思っていた。
 
 
―――森羅からの応答は何もない。
 
 
一方、最初は森羅を傷つけたことが許せなかったタリシャンだが、ジール
 
の謝罪が真摯なものだと知り、このままの状態にはしておけないと、渋々
 
ジール声をかけた。
 
「ジール神官長さま、シンラさまには聞こえておりません。 フラン副神
 
官さまが退出されてほどなく、眠ってしまわれたようです。」
 
「そうか…、わたしも馬鹿だな、……タリシャン、寝台までシンラを運ぶ
 
から、彼が目を覚ましたら…先に夕飯を食べさせて……、その後でいい
 
から知らせて欲しい。 わたしが傍に居てはシンラの食欲も落ちてしまう
 
だろう、タリシャン、おまえがリガロニアを飲むように勧めて、食事も最低
 
でも半分は食べるようにしっかり監督するように…、わたしは、この後
 
神殿の執務室に居る。」
 
「承知しました。 あの、リガロニアって薬か何かですか? シンラさまは、
 
どこか、お悪いのでしょうか…?」
 
「いやっ、単に発育を促す為の栄養剤だから、せめて2杯は飲むように
 
勧めてくれ! 痩せ過ぎのシンラを心配した国王直々の配慮だから、
 
頼んだぞ。」
 
 



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