57.明かされた正体
 
 
 白石(はくせき)の間において凍結魔法を解除されたあと、国王ダーナとヴァロー
 
ズ、そしてエルロスの三人は、執務室に戻っていた。
 
 
―――凍結魔法を掛けられて動けずにいたものの、エルロスとヴァロー
 
ズは、国王が獲物を追い詰めるように黒い瞳を妖しく輝かせ、華奢な体を
 
逞しい腕の中に閉じ込めたあげく嫌がる少年を拘束し、いたぶるように
 
その耳元で何かを囁き、今にも床にねじ伏せそうにしていた光景が目に
 
焼きついていた。
 
そんないたいけな、か弱い少年が無理強いされることへの抵抗の末、
 
思わず国王に手を上げてしまったのは明白であり、その後、貪るように
 
口づけをされても涙ひとつ零すこともなく、毅然とした表情を崩さなかった
 
森羅の姿が頭を離れなかった。
 
 
そして二人とも平静を装ってはいるものの、先ほど見た白石の間での
 
出来事がいったい何を意味するものなのか、どこか危険な香りがする
 
国王の顔を何度も盗み見ては確かめるように思案に明け暮れていた
 
のだった。
 
 
―――単に悪ふざけでは片付けることができない、肉欲なのか…独占欲
 
なのか……それとも別の何か……?
 
国王だけが知っている得たいの知れない衝動が働いていたのを二人は
 
感じ取っていたのだが、エルロスはあの倒錯的な光景を見ていた
 
者達は、みな下腹を本能的に熱くしたに違いないと、己の中に潜む
 
罰当たりな欲望を自覚し、ヴァローズは、ヴァローズで、執事として
 
国王の世話を一手に任されている立場から、陛下も多忙を極めてい
 
るので欲求不満が爆発してしまったのだろうか…嫌がられても何人か
 
側室を置くように勧めた方がいいかもしれない…などと、それぞれの
 
思いに耽っていた。
 
 
 
それからしばらくして、気詰まりな沈黙とは裏腹に執務室の窓から夕陽が
 
差し込み、白い壁を暖かく染め上げた頃、我に返ったヴァローズは、ぼん
 
やりしている場合ではないと、この後の予定を思い出した途端、国王の声
 
が聞こえた。
 
 
「城下の魔物対策委員との会議と孤児院の院長との謁見など、まだ仕事
 
が残っていたな…?」
 
「はい、その通りですが、」
 
「今日の予定は、明日に持ち越せ!!」
 
 
 
国王は涼しい顔で、ヴァローズに最後まで言わせることなく言い放った。
 
滅多に温厚な表情を崩すことの無いヴァローズは、眦を吊り上げたも
 
のの、指示通り予定を順次繰り越す旨を手配すると共に、国王が所望
 
した冷い麦酒と酒の肴を用意するのに走って行った。
 
 
   *** ***
 
 
 エルロスは不機嫌丸出しの表情を浮かべつつ、無言のまま鼻を付き
 
合わせるように執務室のソファに座り、髭を失くした国王ダーナの顔色を
 
窺っていたが、当の本人はヴァローズに持ってこさせた麦酒を美味そうに
 
口に含み、どこか悠然とした微笑みさえ浮かべていた。
 
 
―――いったいこの男は何を考えているのか? 
 
矜持を保ったままの平静な顔つき、その姿がうわべだけの偽りのもの
 
なのか、判断しかねたエルロスは、とうとう痺れを切らして身を乗り出し
 
半分ヤケクソで切り出した。
 
 
 
「ダーナ、どういうつもりだ!!」
 
「何が?」
 
「何がじゃない!! シンラに対するおまえの態度だ!」
 
「わたしの態度か? わからぬか? まぁ、聖者に対する……求愛のつも
 
りだが、おまえの目にはどう映ったのかは、あまり聞きたくないがな!」
 
「な、何、言ってる、冗談じゃないぞ、シンラは男だ! 聖者には子を生
 
して貰わねばならなぬのに…この国の為にも…その為の召喚では
 
なかったのか!? さっきは冗談めかして言ったが…神は男色を許さない
 
……。」
 
「ほー? 男色のー? わたしが、このわたしが男に走ると思うのか?」
 
「ダーナ、何が言いたい? 俺は臣下ではなく友として話しているんだ!
 
いつもの言葉遊びで(けむ)に撒こうとしても無駄だからな! ダーナ、シンラ
 
を傷つけるのはよせ、彼はおまえの相手をできるほど…いや、そもそも、
 
まだ子どもだぞ、十二だったか?…でも、あの体つきから見れば、まだも
 
っと幼い気がする、体格的に言っても…俺が、七歳くらいの時と同じじゃ
 
ないか? あぁ、話が逸れたが、……過去をほじくり返して、おまえを傷
 
つけるのは俺の望む所ではないが……この際、はっきり言うぞ! おまえ
 
は、マーシャル前国王と同じように少年をいたぶるつもりなのか!!報復
 
する相手を間違うな!」
 
「ふっ、ふ、ふ、あ、ハ、ハハハ…、馬鹿馬鹿しい! わたしがいつまで
 
も過去の亡霊に脅かされているとでも? 女を覚える前からわたしは一度
 
足りとて男を欲したことはないし、マーシャルのような女々しさは、持ち
 
合わせていないつもりだ……それに、シンラは女だ!」
 
 
 
国王ダーナの言葉に一瞬、唖然としたエルロスとヴァローズは、次第に
 
疑わしそうな表情を浮かべ頭を(かし)げて考え込んでいたが、先に口を開い
 
たのはヴァローズだった。
 
 
「そんなはずはありません。 文献では、聖者は男だと……、」
 
「文献、伝承、記録、これらは全て過去の聖者に関して記された事実に
 
過ぎない。 未来の聖者に関しての予見でも予言でもない。」
 
「でも、過去において一人たりとも女性の聖者が遣わされたことがない以
 
上、この度の召喚は失敗だったのではありませんか?」
 
 
国王とヴァローズのやり取りがようやく頭に入ってきたエルロスは、シン
 
ラが女であることが信じられないまま荒げた声を上げた。
 
「おい!! ちょっと待て! シンラが女であるということは、言い換えれ
 
ば聖者ではないということか!? 偽者なのか!?」
 
「エルロス、声が大きい!!」
 
ヴァローズに嗜められたエルロスは、金色の頭を掻きながらまだ自分の
 
耳を疑っていた。
 
「いや、す、すまん……しかしシンラが女だというのは真なのか? 詳し
 
く調べるなりしたのか? 間違いじゃないのか?」
 
「あぁ、髪を採取したからな! それからシンラは女だが紛れも無く真の
 
聖者だ!」
 
「どうしてそう断言できる?」
 
「魂色を霊視させた……セイントによれば、見事な色での、神の色とされ
 
る金色、天の御使いの純白、女神の鴇色…まぁ、他にも普通ではあり得
 
ない特徴があったそうだ。 これらの尊い色を持つことからしてシンラが
 
聖者であるというのは疑う余地は無い!!」
 
「ならば、シンラは寵后とするのか? それとも側室か?」
 
「エルロス、そう急がずとも……国王陛下との間に子ができれば后として
 
迎えるのもよろしいでしょうが、それまでは、側室のままで召される方が、
 
シンラ殿も肩が凝らずによろしいかと……でも、そうであればいつまでも
 
緑香の間に置いておかれるのは、問題なのではありませんか?」
 
「いやっ、それより、ダーナ、そもそもシンラが女だとわかっていながら
 
どうして秘密にしていたんだ?」
 
「あぁ、それはシンラが男のふりをしているゆえ、しばし付き合ってやろ
 
うと思ってな!」
 
「じゃぁ、シンラの方は?」
 
「セイントが申すには、身の危険を少しでも少なくす為の、女ゆえの防御
 
策だそうじゃ。」
 
「そうですか…まだ小さいのに随分、頭の良い御方ですな。」
 
ヴァローズが感心したように呟くとエルロスも、同意するように頷いてみ
 
せた。
 



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