6.女王
 
 
 森羅の怒りを肌で感じたフランは、ずっと土下座したままの姿勢で、
 
頭もあげずに黙って息を潜めていた。
 
森羅は、自分が返事を返すまで、目の前の亜麻色の髪の青年は土下座
 
を止めないだろうし、いつまで経っても(らち)が明かないと思った。
 
「わかった……許す!」
 
素っ気無い口調でそう告げた後、やけくそで玉座に鎮座した森羅は、
 
背中を反らし腕を組んでそのまま大きな溜息をひとつ吐いた。
 
 
(疲れた…)
 
〔――もう少し頑張れ、……取り合えず状況把握に努めよう、ここがどこ
 
かもわからないし、ましてや何の目的があって連れてこられたのかも謎
 
だからな〕
 
(うん…)
 
〔――こっちの顔色を窺っているような気がするから、今すぐ、危害を
 
加えられる心配は無いと思うけど、気は抜かない方がいいぞ!〕
 
(そうするけど、できれば、早く用件を済ませて自分の世界へ帰りた
 
いよ!…お腹も空いたし、眠たいし……ほんと疲れた)
 
〔――そりゃそうだ、もう寝ようとしていた所で、大地震、それからここ
 
に来て……日本時間じゃ、今って、夜中の2時か3時じゃないか?普通
 
なら今頃、夢の中にいるはずなんだしな……〕
 
 
   *** ***
 
 
「 んぁーふぁー、んぐっ…」
 
 
森羅は出かかった欠伸を急いでかみ殺し、目に溜まった涙を零さないよう
 
にそっと俯いて床に敷かれた鶯色のカーペットを穴の開くほど見つめてい
 
たが、何度も眠気が襲ってきては、出かかる欠伸を唇をぎゅっと閉じ、
 
かみ殺すのに苦労していた。
 
 
しばらくして、周りがざわつき始めたと同時に、森羅の耳に何ともセクシー
 
なハスキーボイスが飛び込んできた。
 
 
「 わたしは、シュウダシャ―ル国、現国王ダーナ・レイル・イシュルク・
 
スタス・ハーミタル……。」
 
 
(何だー? 何かの呪文か?)
 
〔――さぁ? 「国王」ってとこは聞こえたけど…他にもいろいろ肩書きが付い
 
てるんじゃないか?〕
 
(あっ、あれか! 代表取締役社長兼任秘書兼任の平社員ってやつ!)
 
〔――失礼だぞ、お笑いで言ってる感じじゃないし、まぁそれを言うなら、この
 
場合…あれだ! 「シュウ何とか国の国王をやってる何某(なにがし)だ。 頼りなくて、女
 
好きの困り者だけど根はいい奴なんで、どうぞ〜よろチクビーム!」ってな!〕
 
(おいっ! おまえまでボケるなよ! それはわたしの分野で、あんたは突っ
 
込み専門!それにバカ殿じゃあるまいし)
 
〔――バカ殿? それを言うならマチャミだぞ!〕
 
(ふぅー、とうとう疲れ過ぎて頭のネジが緩んだようだな、しっかりしてくれない
 
と、わたしだけじゃ……)
 
〔――わかってるって!眠気覚ましにちょっとふざけただけだから、それはそ
 
うと、今、自己紹介した国王、何かさっきの神官たちとは雰囲気違ったな、〕
 
(うん、さっきの声、セクシーだったけど何だかとても悲しげに聞こえた)
 
 
森羅はずっと俯いたままでいたので、まだ国王の顔は見ていなかった
 
が、相方の言ったことで興味が湧き、咄嗟に顔を上げ国王を目にした途端、
 
思わず絶句してしまった。
 
 
(……ブーー!…その姿……まるっきり反則じゃないのかー、国王さん!!)
 
 
   *** ***
 
 
 腰に長剣を下げた騎士が舞台の両端に分かれて待機する中、銀髪の神
 
官長ジール・フッイットーラ、亜麻色の髪の副神官フラン・ソッフォームを含
 
む六人の神官たちが、玉座を遠巻きに取り囲むように居並び、国王ダーナ・
 
レイル・イシュルク・スタス・ハーミタルが、森羅に一番近い距離にんでいる。
 
今までは皆、跪いていたので立ち上がった彼らを見た瞬間、森羅は驚きに
 
目を丸くした。
 
百六十センチという平均的な身長の森羅が見上げなければならない程、皆
 
背が高く、軽く百八十センチを超している。
 
その中でも、ひと際抜きん出ているのが、目の前にいる国王だった。
 
 
〔――百九十センチは、いってるんじゃないか?〕
 
(脚も長いし、スタイル抜群!パリコレのモデルさんかい!?)
 
〔――いやぁ、それ以上だろう……あれさえなけりゃ……、〕
 
 
森羅の相方が手放しで褒めるほど、国王ダーナの体躯は、精気と魅力に溢
 
れていた。
 
ジールやフランがすらりとしているのに比べると、幾分逞しくがっしりとして
 
いて、肩幅の広さや胸板の厚さから鍛え抜かれているのが窺える。
 
 
(さすが、一国一城の主!!……国王陛下をやってるだけは、あるよなぁ!
 
何か、格が違う……格が!)
 
〔――匂い立つ気品っていうやつか…黒薔薇って感じだな、〕
 
 
森羅は相方と、国王ダーナの品定めをしながら妙な所で納得したり、感心
 
したりして盛り上がっていたが、ここで、自分のポリシーをはたと思い出した。
 
『 美形〜イケメンお断り! 近づくな、関わりあうな! 平凡が一番 』
 
という十三の時から固く守って来た信念であるが、相方が、興味津々の様子
 
で尋ねてきた。
 
 
〔――さて、どうする?〕
 
(むむむ……)
 
〔――判定はどっちに傾くのかな?〕
 
(まず、……わたしは、美しく綺麗な男はいただけないが、美しく綺麗な
 
女まで嫌いだと思ったことは無い! ……目の前の国王は体つきからしても
 
確かに、間違いなく男だと思う……でも、顔はどうだ?…男か?いや、どう
 
見ても女、美女にしか見えない、それも、とびきりファンタスティック! 
 
ボーノなエキゾチック美女だ!! ……髪も瞳も真っ黒で……
 
『 まっくろくろすけ、出ておいで〜♪』みたいな、……鴉の濡れ羽色と言うが、
 
きっとカラスもびっくりするんじゃないかと思う……触ると手に真っ黒な
 
インクか何かが付きそうだ、譬えるなら…シャイニングブラック!!……でも、
 
あれは……悩む所だな………。
 
銀髪さんや亜麻色さんは、日焼けなど全然したことが無いような真っ白な玉
 
肌で、髭の一本も生えたことなど無いくらいのつるりん肌だったな……でも、
 
国王の肌は、浅黒いし、……………鼻の下……難しい)
 
 
そう、国王ダーナの鼻の下には口髭が、細くもなく太くもなく、丁度上唇に
 
ほんの少しかかるくらいの長さで揃えられ綺麗なカーブを描いていた。
 
顔を別にして、口元だけ見てみると何ともセクシーで、大人の男の色気が滲
 
み出ている。
 
森羅は、口髭さえなければ女性にしか見えない国王ダーナを見て、美形のイ
 
ケメン判定をどうするか、まだを迷っていた。
 
 
(口髭さえ無けりゃ完璧なのに………勿体無い)
 
〔――でも、美人さんに口髭って、どう見たって違和感があるからな、〕
 
(でも、髭があるからって、男だとも思えないし、識別不能、認識不能!)
 
〔――あの髭さえなけりゃまるっきり女性、それこそ誰かさんより、ずっと
 
女っぽいもんな、〕
 
(何だとー!と、言いたい所だけど、同感!!でも、どうしよう?) 
 
〔――オカマでいいんじゃないか?〕
 
(えー、それはオカマに対して失礼だろう、オカマにとっての髭は親の
 
仇よりも憎い存在なんだぞー!)
 
〔――言われてみれば、あんなに堂々と生やす訳ないな、〕
 
(あっ、いいこと思いついたぞ!!)
 
 
森羅はこの時、――背が高い女王様、大きい女王様、黒い髪と黒い瞳の
 
女王様、黒い髭で現在、“仮装中!”……王様じゃなくて、ほんとは
 
女王様だと脳内記録を掏りかえ、美形のイケメン判定の対象外とする
 
ことに決定したのだった。
 
そして、自分がこの世界にどれくらい滞在するかわからないが、もし
 
万が一長引くようなら、あの口髭を剃ってしまえばいいと思いながら、
 
俯いて大きな欠伸をひとつ漏らした。
 
 



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