7.誓約
 
 
 
大勢の国民が見守る中、国王はゆっくりとした口調で、森羅が聞き取り
 
やすいようにとの配慮なのか、それとも演出なのか、真意はわからないが
 
ひと言ひと言に重みを込めて言葉を紡いでいった。
 
 
「 イリオークの御霊を持つ、尊い御方……このシュウダシャ―ル国に骨を
 
(うず)めるお覚悟で我等と共に在ってはもらえまいか?真に貴方を必要とする
 
貴方の民に、その聖なる御体(おんからだ)に流れる血脈が受け継がれるように、我等の
 
知恵となり導きの(みしるし)を請い願う所存、しかとお聞き届け下され……」
 
 
国王ダーナは、森羅に向けての願いを述べた後、片膝を着き、右手を胸に
 
当て静かに頭を下げたのだった。
 
 
 
この時、国王ダーナは、非常に大切な、そして聞き逃してはいけないことを言
 
っていたのだが、森羅の方は、国王の言葉を少し聞いただけで、『 文語体か
 
口語体かも区別のつかない昔言葉で、おまけにバカ丁寧な敬語か何かで話
 
しかけられても、意味不明だ!』と相方に愚痴っており、いつもはもっと
 
しっかりしている相方も、『形式的な挨拶で、深い意味なんて特に無いだろう』
 
と返すだけで、最高権威の象徴である国王が臣下の礼を取った意味も、国
 
王ダーナの言葉に対する返答を求められていることも、知らないままだった。
 
それもそのはず、森羅の理解力、思考力共にゼロ、また体力的にも当に限界
 
を超えていたからだ。
 
 
 一方、国王ダーナを始めとし、玉座の周りの七人の神官や階下の大広間
 
に居る人々、それから広間の外に居る円柱形の柱と柱の間から見え隠れす
 
る人々、他にも、もっと遠くで見守っている人々、国王に近しき縁者やその
 
家族、偶々この隣にある神殿に祈りに来ていた貴族や一般庶民、神殿仕え
 
の人たち、騎士団の兵士たち、全ての目が森羅の返答を固唾を呑んで見守
 
っていた。
 
 
そんな中、そしてとうとう森羅は、本能の命ずるままに眠りの中へ落ちて
 
行こうとしていた。
 
実際には、国王の「しかとお聞き届け下され……」の言葉が発せられた
 
数秒後、森羅は俯いたまま知らず知らずの内に、頭を前後に揺らし、舟を
 
漕ぎ始めたのだ。
 
まさにグッドタイミング!いや、森羅にすればバッドタイミングな所での
 
居眠りだったのかもしれないが、周囲の人たちには、「あい、わかった。」
 
と返答したかのような肯定のしぐさに映り……ほんとは舟を漕いだだけ
 
だったのに……何度も頷いているように見えていたのだった。
 
それを見た観衆は、すぐさま、みな手放しで喜び合い、色めき立った。
 
 
そして森羅といえば、怒涛天を貫くが如く、大音量の歓声と拍手喝采に、
 
びっくりして飛び起き、思わず直立不動……気を付けの姿勢のまま呆然と
 
周りを見渡ししたのだった。
 
 
〔――いったい、何事だー?〕
 
(よく来たな〜の歓迎の挨拶じゃないか?)
 
 
 相変わらず、的外れな思考を繰り返していた森羅をよそに、国王は、
 
歓声を上げている人たちに向かって軽く手を挙げ、その合図の後、大広間
 
はあっと言う間に静まり返った。
 
 
〔――すごいなー、よく統率が執れている、〕
 
(今の手を挙げたやつって、ご静粛に!違うな、みなのもの、静まれってな
 
感じだな)
 
〔――そうだな、また、何か言うぞ、〕
 
(もう、話が長いのは、中学の校長だけで勘弁して欲しいよなー、誰も
 
聞いちゃいないのに、一人で喋り捲るんだ)
 
〔――ん、始業式や終業式、あと入学式と卒業式にも椅子に腰掛けたまま、
 
よく居眠りしたよな……〕
 
(だって、お経か念仏か、何かの催眠術の呪文に聞こえて仕方なかったし、
 
普段は廊下ですれ違ったてこちらの挨拶にさえ何のリアクションも返さない
 
“狸おやじ”が、そんな時だけ超張り切って語ってるのって、見ててムカつ
 
くじゃん、狸の偉そうな姿を見てる位なら、寝てた方が健康にもいいしね)
 
〔――ごもっとも!〕
 
 
   *** ***
 
 
 ―――静まり返った大広間に凛ととした国王ダーナの声が響き渡った。
 
 
「 みなのもの、この国シュウダシャ―ルの未来は、安泰である!これから
 
は、イリオークの御霊を持つ、尊い聖者の御言葉(みことば)に従い、我等一同、
 
来たるべき暗黒の時代に備えて、各自信義を尽くし、真心をもって神の御前(みまえ)
 
立てるよう心してかかるように……。」
 
 
すぐさま、割れんばかりの大きな拍手と歓声が上がり、国王は笑みを
 
浮かべて森羅に視線を合わせ、頷きながら右手を前に差し出した。
 
 
(えっ、もしかしえて、そっちへ来るように言ってるのか?)
 
〔――そうみたいだ。ほら、今度は、手招きしてるぞ、〕
 
(この格好で、あの、人だかりの前に出ろって……情けないな、)
 
〔――仕方ないだろう、これを終わらせなくちゃ、いつまで経ってもお開き
 
になりそうにないぞ、〕
 
(そうだな、もうほんとにほんとに、限界だ……適当に微笑んでりゃ、
 
すぐ済むはずだもんな!)
 
 
森羅は、心の中で会話を続けながら国王ダーナの傍へ一歩一歩、ゆっく
 
りと近付いて行った。
 
 
(あっ、靴も履いてなかった! 裸足で、パンツ一丁、とほほ……)
 
〔――情けない顔はするな!! これは、民族衣装だ!文化の違いだと
 
思って、胸を張って、顔をあげろー!!〕
 
(了解! よしっ!!)
 
 
森羅は、心の中で気合の掛け声を合図に、今度はペースを速めて国王
 
ダーナの横まで一気に歩を進めて行った。
 
 
 
 
  
 
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